よみタイ

児玉雨子「江戸POP道中文字栗毛」

湯の中の世の中(2)──式亭三馬『浮世風呂』に描かれる女性の多様な姿

現代人に響く、当時の多様な女性たちの姿

 小気味のいい下女二人はさておき、ではこのマダムのように、年配女性をサンドバッグにしてしまうようなミソジニーやエイジズムが三馬にもあったのか? というと、私はそうではないと思う。数え年八十歳で、ネガティブな さるお婆さん(先述のおさるとは別人)と、六十歳の明るい とりお婆さんの銭湯内の会話は、時代を感じない、むしろ現代人にこそ響く内容だ。

さる「あんたはいつも気さくだね。白髪になっても気が若くて」
とり「ネガティブになったって何にも始まらないし。私、こだわりないからなぁ。もっとおしゃれしていたいし。どこかにいい人がいたら、さるさん、私に紹介してよ。六十の今が婆盛りってこと! あははは!」
さる「ははは……あんた、死んだ後も幸せだろうね」
とり「いや〜死んだ後のことなんかわかんないよ? 生きているこの世のこともよくわからないんだし。ま、夜、酒飲んでそのまま寝落ちする人生こそ極楽だね」
とり「あんたのそういうところが強いよね。私はさっさと死にたいよ。もう、つくづく生きるの疲れた……」
さる「(前略)死にたい死にたい言っているひとってなかなか死なないもんだよ。お迎えが来たら、もうちょっと待ってくれ〜って生に縋るのが関の山さ」
とり「そんなことないよ」
さる「死んでみれば、また生きたがると思うよ」

 加齢を明るく捉えている女性と、何もかも後ろ向きに受け取る女性。死にたい相手の気持ちを否定せず、そそのかすこともせず、自分の前向きな人生観も譲らない。三馬が若い女性しか認めない上にミソジニストであれば、さるお婆さんは登場しないか、好人物として描写されることはまずないだろう。当時の儒教的道徳を内面化した女性はもちろん、それにNOを言う女性も描き出したように、死にたがりなお婆さんや活き活きしたお婆さんなど、三馬は当時生きていた多様な女性たちの姿を描き出していた。「糞リアリズム」とまで言われた『浮世風呂』だからこそ、当時の女性像について、ある程度信頼できる記録としても読めるかもしれない。

【注釈】
(*1)Web「Domani」雑学コラム

(*2)小山静子は、女性が良妻賢母というジェンダー規範によって近代国民国家の形成に参画させられたという指摘をした。
 さらに渡部周子は『〈少女〉像の誕生――近代日本における「少女」規範の形成』(新泉社2007)で、明治期の女子道徳教育は、妊娠可能の身体を持ちながら結婚を猶予された〈少女〉という存在を定義し、三つの規範によって彼女たちを良妻賢母に育成することをその目的とした、と指摘している。
 その三つの規範とは、
 ①女性は生来的に愛情を持つものである。
 ②シラーの真善美(真であるものは道徳的に善く、そして美しいもの、という思想)をもとに身なりを美しく保つべきである。
 ③結婚相手の男性以外との性的交渉を原則禁ずる。
 である。これらに基づき、〈少女〉のジェンダーとセクシュアリティを固定化させたと、渡部は指摘している。
 外見の美しさが女子教育に組み込まれたのは、本文で指摘している通り明治期以降の特徴である。江戸時代中期の女子教育本『女大学』などは、むしろそれを否定し内面や教養を重視する傾向がある。容姿の美醜をジャッジしたり、清楚な女性は(心身ともに)美しい、としたりする女性観は、前近代ではなく明治期女子教育のそれと符合するだろう。

(*3)ただし、江戸っ子が女性の性的な視線への嫌悪に理解があった、というより、遊郭内やパートナーとの行為で性衝動を発散していた、と考えるべきだろう。また、三馬は江戸っ子であること、都会的であることを称賛しているので、必ずしも善悪でそれを判断しているとは限らない。さらに三馬はこの銭湯が一般化する前にあった湯女風呂(「湯女」と呼ばれる女性従業員が、男性客に性的サービスを含めた接待をする銭湯)を「風流」と感受していたのも、『浮世風呂』序文に記されている。言うまでもなく時代も異なるので、現代フェミニズムに合致するような、女性の性的搾取への反対意志があったとは決して言えないことは明記しておきたい。

【参考文献】
神保五彌校註『新日本古典文学体系86 浮世風呂・戯場粋言幕の外・大千世界楽屋探』(岩波書店1989)
神保五彌・杉浦日向子『新潮古典文学アルバム24 江戸戯作』(新潮社 1991)
棚橋正博『式亭三馬 江戸の戯作者』(ぺりかん社 1994)
小山静子『良妻賢母という規範』(勁草書房 1991)
小山静子『家庭の生成と女性の国民化』(勁草書房 1999)
渡部周子『〈少女〉像の誕生――近代日本における「少女」規範の形成』(新泉社2007)
『日本国語大辞典 第二版』第十三巻(小学館 1972)

 連載第10回は7/26(火)公開予定です。

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児玉雨子

こだま・あめこ
1993年神奈川県生まれ。作詞家、作家。明治大学大学院文学研究科修士課程修了。アイドル、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に幅広く作詞提供。著書に『誰にも奪われたくない/凸撃』(河出書房新社)。

Twitter @kodamameko

(写真:玉井美世子)

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