2022.1.25
地獄の沙汰は人間次第──井原西鶴『世間胸算用』にみる銭金事情

『るろうに剣心』の魅力的な悪徳商人
漫画『るろうに剣心』の敵キャラのひとりに、武田観柳という悪徳商人がいる。実写映画版での香川照之の怪演でご存じの方もいるかもしれない。私は彼のことが大好きなのだ。「推し」とまでいかないが、少し彼の紹介をしたい。
観柳は極貧の幼少期を過ごし、明治維新で四民平等が謳われて以降(*1)はその商才を発揮し(裏ではアヘンや銃火器を密売し)成り上がり、大枚叩いて購入した回転式機関砲でその心身を武装している。観柳はわかりやすい成金悪役であると同時に、武士が支配した封建社会に対する近代人の象徴でもある。2017年から『ジャンプスクエア』で連載されている「北海道編」では、日本人と白人の間に生まれたことで蔑まれてきた少年に、こんなことを説く。
「金で買えないモノは差別を生みます。だからこその金なのです。凡庸でも! 馬の骨でも! 下賎でも! 不細工でも! 何一つ持たざる身に生まれても!! 人並みに稼げば人並みに! それ以上に稼げばそれ以上に成れる!! 金こそがこの世で最も平等で公平!! それこそが金の価値なのです!!」
観柳は主人公剣心のようなフィジカルエリートでもなく、恥も外聞もなく武士道もなく、出生に強い劣等感を抱き、徹底的に卑怯な存在として描写される。しかし文明開化のスポットライトを浴びていたのも間違いない。「滅私奉公など商人にとって悪徳の極み」とも語る彼は、本作のヒールでありながらより現代人――やりがい搾取に疑問を呈する人々に近い存在ではないか。観柳はあくまで「悪徳」商人であり、ダークヒーローと呼べるほどかっこよくも、同情をさそう弱者でもないが、そのみじめなほどの人間くささに私は胸を打たれてしまう。
ところが今日では経済格差が固定化し、その影響は子どもの教育格差にもおよび、学歴は就職後の収入にも響いてくるというデータもある(*2)。もちろんあくまでそれは傾向であり、例外の人生を歩むひともいるものの、「最も平等で公平」であるお金が、身分制度に匹敵する格差を生んでしまうとは皮肉なものだ。
お金をテーマにした江戸のフィクション
さて、そんな封建社会であった近世江戸時代だが、鎌倉、室町、戦国時代などの中世に比べれば、経済活動や金融業が大変盛んな時期でもあった。この時代は三貨制度で、通貨が金(単位:両)・銀(匁)・銅(文)の3つありそれぞれの為替が変動していた。関東では金、関西では銀、と使用される通貨が統一されていなかったため、両替が発展・確立し、その両替商が金貸しをはじめた。そんな社会背景か、フィクションにおいてもお金や商売が主題の作品も少なくない。
お金を取り扱う物語でとくに好きなのは、井原西鶴の浮世草子『世間胸算用』(1692年)だ。「大晦日は一日千金」という副題がついているように、一年の総決算日である大晦日、人々がなんとか収支を合わせたりツケから逃げたり、心の内でそろばん弾いて「胸算用」する様子を描いている。何よりこの作品は、いろんな身分や経済環境の人が登場するのが特徴である。
ただし、この作品は現代からすると性差別的に受け取れる表現が散見される。時代背景を踏まえれば当時は「不適切」ではなかったが、そういうものが苦手な方にはオススメはしない。私は後世の感覚で昔の作品をジャッジし貶めることには反対だが、同時に「そんなの読みたくない」という感情も尊重したい。