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江戸POP道中文字栗毛

アンドロギュノスと心中──『比翌紋目黒色揚』と古代ギリシャ神話の、偶然

現代的で奇想に満ちている

 あらすじ紹介の前に説明しておかなければならないのが、本作が「権八小紫物ごんぱちこむらさきもの」と呼ばれるものであることだ。平井権八(*1)という鳥取藩士が、同藩士の本庄助太夫を殺害したのち、江戸吉原三浦屋の小紫という遊女と深い仲になるが、金に困窮し辻斬りや強盗を働いた罪で1679(延宝7)年に処刑される。愛人だった小紫はその後を追い、彼の墓前で自害したという実話だ。実際に、目黒不動にはふたりの比翼塚(*2)が実在する。馬琴をはじめ、この話をモチーフとした歌舞伎や浄瑠璃などの演劇や文芸作品は多い。

 本作はその後日譚。生前の小紫は権八との子を妊娠していたが、史実通りに墓前で自害。ふたりの比翼塚が有名になったころ、小紫に恋をしていた蛇使いの戸九郎がそれをおもしろく思わず、比翼塚を暴いた。すると小紫の遺体から双頭の赤子「紅白さきわけ」を見つける。紅白はその後、佐々木という武家の元で育てられるが、誤ってふたつの体に裂かれる。男性の紫三郎むらさぶろうはおとなしく、女性の平井ひらいは腕っぷしが強く、気の荒い性格に育った。

 紫三郎と平井は相思相愛だったが、佐々木家に仕える老女:岩倉が紫三郎に横恋慕し、彼を我が物にしようと策を計る。それに怒った平井は岩倉を殺害。平井は追われた先で、夫の幡随院長兵衛を亡くした女侠客のお蝶の助けでなんとか生き延びる。紫三郎と平井はボタンを掛け違ったような運命に翻弄され、敵対する展開にまで発展するが、殺されそうになっていた紫三郎を平井が救出。それでもふたりは行き詰まる。きっと権八と小紫の因果のせいだろう、もう運命からは逃れられない、と思い詰め、比翼塚の前で互いを刺して心中する。

 平井とお蝶──女性同士 の熱い友情や、平井が太刀を振り回して戦い、美しくひわやかな紫三郎を助ける。(紫三郎は平井の膝の上で「いやじゃ/\」と泣く姿まで描かれる)これらの『セーラームーン』や、『エヴァンゲリオン』を連想するような描写 は、当時の儒教的ジェンダー観を鑑みれば非常に現代的で奇想に満ちているが、しかしやはり最後は心中エンドだ。そもそも紫三郎と平井が慕い合うのも、当時は異性の双子は心中者の生まれ変わりだと考えられていたため、近親愛とみなされなかった。

どうして心中の話が多いのか?

 心中、心中……本作に限らず、この時代の恋愛作品はとにかく心中の話が多い。そもそも心中とはなんだろうか。「あぁ、カップルが一緒に死ぬやつね」となんとなく知ってはいたものの、なぜわざわざ死ぬ必要があるのだろう?

『角川古語大辞典』を改めて引いてみると、三つの説明がある。名詞としては①「心の中」、②は「①を表し見せることの意。色道において、真実に思う心のあることを何らかの方法で表すこと」とある。本連載の第3回「江戸時代漫画事情」でも非常に簡単に触れたが、髪の毛や爪、そして指など、遊女が客への誠意を示すために体の一部を自傷し相手に差し出すことがあった。

 一方、③は名詞とサ変動詞として「相対死。情死。自由を束縛されている女郎と、金か義理かに詰って、にっちもさっちも行かなくなった客とがすることが多い」とある。この「にっちもさっちも行かなくなった」状況について、また違う時代の事件を連想してしまう。

 1911年新潟、女学生同士が心中し(*3)、それを機に女学生たちの心中事件が頻発したことだ。経済的に自立できるわけもなく、望んでもいない相手と結婚をさせられる未来がうっすらと見える女学生たちの間には、学校内で擬似姉妹関係を結んだ相手と恋する「エス」という恋愛形式があった。エス関係の相手と心中するほど、彼女たちには自由がなく、将来に絶望し、切迫した状態だったことがわかる。話を江戸時代に戻せば、自由を奪われた遊女と金策に詰まった愛人の男性は、もはや誠意の証ではなく来世のために共に死ぬことを選ぶ。愛の果てに心中にたどり着いてしまうのは、当時の世の中がそれほど閉塞していたことがうかがえるだろう。

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児玉雨子

こだま・あめこ
1993年神奈川県生まれ。作詞家、作家。明治大学大学院文学研究科修士課程修了。アイドル、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に幅広く作詞提供。著書に『誰にも奪われたくない/凸撃』(河出書房新社)。

Twitter @kodamameko

(写真:玉井美世子)

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