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江戸時代漫画事情──慈悲の手と、無慈悲な表現規制の果て

明治時代以降の文学と比べ、実際に読まれることの少ない江戸文芸。しかし、芭蕉の俳句や西鶴ら以外にも、豊饒な文学の世界が広がっています。 江戸時代の作品を愛読してきたJ-POP作詞家の児玉雨子さんが、現代カルチャーにも通じる江戸文芸の魅力を語る、全く新しい文学案内エッセイ。 前回は、俳諧史とポピュラー音楽の共通点について考えました。 今回は江戸時代の漫画とも言える「草双紙」を取り上げます。
イラスト/みやままひろ
イラスト/みやままひろ

小学生の頃は小説が読めなかった

 今でこそ、私は幸運なことにフィクションを読み、そして書くことでお金をいただいているが、小学校高学年くらいまでまともに小説が読めなかった。おとなしく座って集中することはできたのだが、いわゆる「登場人物の気持ち」や「作者の言いたいこと」がまったく読み取れず、文字を追う目が滑ってしまう。当時『ハリー・ポッター』や『ダレン・シャン』、児童向けの『南総里見八犬伝』が流行していて、同級生達は図書館本を争奪し合っている一方、私は図鑑、地図帳、『火の鳥』などの手塚治虫作品ばかり読んでいた。

 小説のような文字だけの本を読めるようになったのは中学以降だ。理由はいくつかあるが、それまで漫画もなんでも親に買ってもらえたが、中学からお小遣い制になったことが大きい。一冊あたりの物語の進行度が比較的遅い漫画では、すぐに金欠になってしまった。とても下品な表現だけど、一冊あたりの物語の情報量で比較すると、小説はコスパがいい。そう思って手に取ると、不思議と幼少期よりもするすると読むことができた。きっと、漫画でセリフやストーリーを追うことに自然と慣れていったのかもしれない。いきなり活字本を読むことには躓いてしまったが、漫画から小説への移行が私に向いていたのだと思う。

江戸時代の漫画的存在?

 ところで、漫画と小説、このふたつの違いは何か。十中八九、絵と文章、どちらが優位にあるかがその線引きのはずだ。小説はもちろん文章が主体で、漫画は少し迷うところだが、やはり絵がその主体だと私は思う。

 江戸時代、絵と文章からなる本がいくつか存在し、それらを「草双紙くさぞうし」と呼んだ。それらは現代に比べれば非常にゆるやかであるものの、本の種類が増えてゆくと共に、取り扱う作品も子ども向けや大人向けに分かれ、今で言うところのレイティングのような機能も認められる。
 子ども向けの絵本は「赤本」と呼ばれ、主に昔話や、御伽草子などの説話、歌、生活の手引きなど、教化目的の題材が収録されていた。その後、各地の伝説、伝記、戦記、仇討、恋愛、歌舞伎など、赤本よりも大人向けの題材を取り扱った本も制作される。その表紙の色から「黒本」あるいは「青本」と呼ばれ、読者層にじわりと広がりを見せる。

 ここまでは大学受験の問題集のような呼び名が並んだが、恋川春町作・絵の『金金先生栄花夢きんきんせんせいえいがのゆめ』(1775年)という作品以降、青本の流れを汲む草双紙を「黄表紙」と呼ぶのが文学史的慣例だ。黄表紙は道徳教育目的のない、洒落と諧謔に富んだ作品が多い。また黄表紙と同時代には「洒落本」も人気だったが、こちらは前者よりも遊郭内の色恋話が主な題材だ。

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児玉雨子

こだま・あめこ
1993年神奈川県生まれ。作詞家、作家。明治大学大学院文学研究科修士課程修了。アイドル、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に幅広く作詞提供。著書に『誰にも奪われたくない/凸撃』(河出書房新社)。

Twitter @kodamameko

(写真:玉井美世子)

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