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復讐と恋と少年少女──『敵討義女英』にみる「敵討」と女性表象

敵討はただの「復讐」ではない

 この物語の重要な点は二つある。まず、敵討の発端となる浅太郎と芝之介がともに作品序盤で亡くなっており、新左エ門はこの敵を直接関係のない逸平に転化させた上で死んでしまうこと。次に、なぜか小しゅんが身代わりを選んでしまうことだ。

 まず一つ目について。板坂則子さんという近世文芸とジェンダーの研究者は、この当事者不在の状況で「敵討は成就することがない」と指摘している。事実として浅太郎を殺した芝之介も死んでしまったので、板坂さんの指摘はもっともだ。ただ、本作では岩次郎が父新左エ門から敵討を背負わされたことに対して、岩次郎がなんの疑問も抱かず、地の文でもそれに対する第三者視点のツッコミが入らない。現代人にとっては破綻した復讐でも、当時の道理に適っていたのかもしれない。
では、そもそも「敵討」とはなんだろうか。先述の政府が認めた復讐を踏まえ、改めて『角川古語大辞典』で調べてみると、こうある。

「目上の者が殺されたとき、臣下や目下の者が、その恨みを晴らすために相手を殺すこと」
「近世では目下のもの、縁者、傍輩などのための報復は『敵討』と呼ばない」

 この通りであれば、敵討をただの「復讐」と捉えるとその本質を見誤ってしまうだろう。冒頭で、私は『忠臣蔵』が廃れても未だに復讐ものは人気だということを書いたが、報復の構図が違うのだ。現代のそれは弱者から強者へのルサンチマンであるのに対し、敵討は儒教の影響を受けた封建社会特有の主従関係や、家父長制(*3)のもとに成立していることがわかる。芝之介の仕業であるにもかかわらず、新左エ門の憶測で芝の介の父・逸平が浅太郎の敵に設定されてしまい、また新左エ門が亡くなって弟の岩次郎に因縁が継承されるのも、この「目上」の者を殺された復讐という構図のためかもしれない。新左エ門が息子のために逸平を殺しては「敵討」にはならないのだ。

小しゅんと岩次郎の睦まじい様子が描かれている。物語中、岩次郎の容姿について言及がないのだが、この豊国の絵では元服前の少年と少女の美しさが強調されたように描かれているように私は感じる。
小しゅんと岩次郎の睦まじい様子が描かれている。物語中、岩次郎の容姿について言及がないのだが、この豊国の絵では元服前の少年と少女の美しさが強調されたように描かれているように私は感じる。

 そして二つ目に、小しゅんが自ら犠牲になることだ。現代の個人主義的な感覚ではなかなか理解しがたいが、この流れには元ネタがある。『源平盛衰記』にある「鳥羽の恋塚」説話をなぞったものだ。この伝説では、渡辺渡という夫のいる袈裟御前が、自分に恋するあまり脅迫してくる遠藤盛遠もりとおという男を宥めるため、夫の渡に変装して盛遠に斬首されるというものだ。

 元ネタの「鳥羽の恋塚」も、小しゅんの成り行きも、私からするとただただ胸糞悪く、どこに感動するポイントがあるのかよくわからない。しかし本作のタイトルが「義女英」であるところから、この作品の肝は、小しゅんが父親への忠義と岩次郎への恋心の間に揺れて犠牲になることなのだろう。あらすじを追えば主人公は岩次郎だと読めるが、作品の主題は敵討の物語ではなく、小しゅんの悲恋にあるのだ。

女性読者のニーズに応えた

 本作がヒットして以降、楚満人は女性中心の敵討ものの黄表紙を多く書く。先述の板坂さんは、当時『金々先生栄花夢』のように都会的な大人の男性の読み物であった黄表紙に、女性読者が水面化に増えていたことを指摘している。また黄表紙以前の文学作品(主に仮名草子)に登場する女性の恋は、お姫様や遊女といった限られた身分のものに限られている。西鶴も町娘の恋を描いてきたが、黄表紙としては楚満人の作品がその女性読者のニーズにまず応える形になった。

 これに私は、テン年代の漫画、アニメ、アイドルなどのポップカルチャーの受容を連想せざるをえない。これらの「オタクカルチャー」は、かつては異性にモテない男性が「萌え」る趣味、のような偏見の視線が注がれていた。しかし水面化でそういったものを好む、世間の抱く「オタク」のイメージから逸脱した受け手も存在していた。たとえば私も作詞提供でお世話になっているハロー!プロジェクトで最も長く存続しているグループのモーニング娘。の現在30代以上の女性ファンの中には、「LOVEマシーン」などの大ヒットが続いた1999〜2000年代――いわゆる「黄金期」だけでなく、メディア露出が減った2007〜2010年ごろの「プラチナ期」もCDを買い、ライブに通い続けたという方々も少なくない(*4)

 PerfumeやAKB48の大ヒットののち、ハロプログループはもちろん、テン年代はももいろクローバーZ、でんぱ組.inc,私立恵比寿中学、乃木坂46、欅坂46(現在は櫻坂46に改名)やK-POP、そしてアイドルアニメブームも手伝い、およそテン年代以降、女性をはじめ様々なジェンダーのオタクが「尊い」と言いながら、それらのポップカルチャーを楽しむようになった。アイドルやアニメ、漫画における表現の配慮や在り方も、読者層の拡大に合わせて進化している。この流れさえ、草双紙で似たような変化が起こっていたのだ。

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児玉雨子

こだま・あめこ
1993年神奈川県生まれ。作詞家、作家。明治大学大学院文学研究科修士課程修了。アイドル、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に幅広く作詞提供。著書に『誰にも奪われたくない/凸撃』(河出書房新社)。

Twitter @kodamameko

(写真:玉井美世子)

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