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机上のマジカルバナナ──J-POP作詞家が読む松尾芭蕉

編集作業を経た俳句

 しかし、ここで引っかかる点がある。ほんとうに芭蕉たちがその場で懐紙を破り捨ててきたら、今のわたしたちが芭蕉の句を鑑賞できているわけがない。句は詠まれたあと、紙の読み物として編集・出版されてきたのだ。じっさい、あれほど啖呵切ったことを弟子に伝えながら、芭蕉はこの編集作業にも心血注いでいることが見て取れる句がいくつもある。

 こちらは連句ではなく一句立てだが、『おくのほそ道』で詠まれた有名な発句に「閑さや岩にしみ入蝉の声」がある。わたしは漫画『増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和』読者だったので、江戸文芸に触れる前は、芭蕉と曾良が旅をしながら即興で詠んだものをそのまま収録したイメージを持っていたのだが、史実はそうではない。連句の座で何度も詠み直され、推敲・編集されたものが収録されている。その証拠に二つのプロトタイプが発見されているのだ。

①山寺や石にしみつく蝉の声(曾良「俳諧書留」元禄2年・1689年)

②さひしさや岩にしみ込蝉のこゑ(「初蝉」元禄9年・1696年)

 芭蕉は長旅のすえ元禄4(1691)年の冬に江戸に帰り、それから『おくのほそ道』は、元禄7(1694)年4月に完成されたと言われている。その年のうちに芭蕉は没し、出版されたのは更に八年後の元禄15(1702)年だった。旅を終えて没するまで五年、出版までは約十一年も経っている。もし芭蕉がさらに数年でも長く生きていたら、もう一回くらいは蝉の句をリミックスしていたかもしれない。これは『おくのほそ道』に限ったものではなく、他の作品でも句を入れ替えたり追加したりしていたようだ。

 芭蕉は流行にひじょうに敏感だった。「新進気鋭の若者が出て、自分が古びてゆくのが怖い!」(*3)とかも弟子に語っていた。古くなることへの恐怖は、「歌は世につれ」なポップスのあり方とも通底する。今現在の共感を多く集めた歌はその時代をレぺゼンし、同時にたった数年で老いてしまう危険もはらんでいる。歌にしみこんだ時代が酸化して、懐メロになってしまうのだ。増田こうすけの『ギャグマンガ日和』7巻第125幕「心温まる東北の旅 ノンストップ松尾芭蕉」の冒頭で、芭蕉は「いい句ってのはな 何回言ってもいいものなんだよ!(中略)いやあほんと いい句つくったよ私 100万回言っても飽きないよ! 100万回言おっ 五月雨を集めて早し…」と復唱しようとするシーンがあるが、実際の芭蕉はいい句ができても、すぐにまた直してしまいそうだ。ちなみにこの最上川の句も一度修正されていて、当初の句会では「集めて涼し」と詠んだとされている。

『ギャグ日』7巻125幕より。ひどい言われようのおじさんが芭蕉で、冷たいイケメンが曾良だ
『ギャグ日』7巻125幕より。ひどい言われようのおじさんが芭蕉で、冷たいイケメンが曾良だ

 『おくのほそ道』が芭蕉の死後に出版されたことは、そういう意味ではとても幸運なことかもしれない。芭蕉はことばの毒親にならずに済んだのだ。また、もちろん江戸時代にはSNSやインターネットはなかったので、芭蕉は自分の意向から逸脱した解釈を読み聞きする機会もほとんどなかっただろう。純粋に羨ましく、そして芭蕉じいさんが晩節を汚さず俳聖と呼ばれてよかった……と身勝手な安堵をおぼえる。昨今は、作者やアーティストのSNS等での言動が作品のノイズとされ、辟易したファンが離れてしまうケースが多々ある。わたし如きですら経験がある。去る者は追わないが、言いたいことの嘔気で苦しくなる。しかしこれは自立してゆく作品と、作者の意図、そして作者像ぞれぞれの乖離が起こす出来事のひとつで、今のところ誰にもどうにもできないと思う。新しいもの好きな芭蕉翁だから、きっと嬉々としてiPhone片手にSNSを使っただろう。なにか余計なことを呟いて炎上しただろうか、それとも人格も含めて再評価されただろうか……。

 この即興と編集の表裏一体は、なにも音楽や俳諧・発句に限ったものではない。寝る前にああ言えばよかったこう言えばよかったとなるあの感じは、クリエイター特有の発作ではなく、誰にでも起こりうるものかもしれない。あの芭蕉ですらあぐねて何度も修正したのだから、この発作は止みがたいものなのだと諦めつつ、しかしもう出してしまったものにうだうだ言っても仕方ない。今日もただひたすら、現代の文台である液晶モニターに向かって、最後に何になるのかわからない、戻れないマジカルバナナをひとりで行うのだ。

【注釈】
*1 正岡子規『俳諧大要』

*2 「(前略)芭蕉は発句のみならず、俳諧連歌にも一様に力を尽し、其門弟の如きも猶其遺訓を守りしが、後世に至りては単に十七字の発句を重んじ、俳諧連歌は僅に其付属物として存ずるの傾向あるが如し」(正岡子規『獺祭書屋俳話』より)。子規は発句を俳句という個人主義的文学へ変えながらも、同時に、明治以降芭蕉の俳諧への尽力より発句ばかりが評価されたことも指摘している。

*3 「師も此道に古人なしと云り。(中略)今おもふ処の境も此後何もの出て是を見ん。我是たヾ来者を恐ると、返々詞有」(『三冊子』)

【参考文献】
・萩原恭男校注『芭蕉 おくのほそ道 付 曾良旅日記 奥細道管菰抄』(岩波書店 1979)
・穎原退蔵校注『去来抄/三冊子/旅寝論』(岩波書店 1991)
・正岡子規『獺祭書屋俳話・芭蕉雑談』(岩波書店 2016)
・正岡子規『俳諧大要』(岩波書店 1983)
・尾形仂『日本詩人選 17 松尾芭蕉』(筑摩書房 1971)
・尾形仂『芭蕉の世界』(講談社 1988)
・川本皓嗣『俳諧の詩学』(岩波書店 2019)
・長谷川櫂『芭蕉の風雅 あるいは虚と実について』(筑摩書房 2015)
・増田こうすけ『増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和』7巻(集英社 2006)

 連載第2回は11/30(火)公開予定です。

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児玉雨子

こだま・あめこ
1993年神奈川県生まれ。作詞家、作家。明治大学大学院文学研究科修士課程修了。アイドル、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に幅広く作詞提供。著書に『誰にも奪われたくない/凸撃』(河出書房新社)。

Twitter @kodamameko

(写真:玉井美世子)

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