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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を描いたロングセラー『兄の終い』のほか、翻訳書『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』、近刊『全員悪人』『ハリー、大きな幸せ』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』など、数多くの注目作を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

夫の両親に贈ったテレビの行く末ー最新家電を前に八十代は

 先日、わが家でちょっとした事件が勃発した。事件と書くと大げさかもしれない。両親との間に起きた、すれ違い、勘違い、感情の行き違い。それぐらいのものだ。今考えれば本当にわずかな問題だったはずなのに、私と夫にとっては、大きな衝撃だったと言っていい。その理由は、まったく予測できないことが起きたからだ。

 事の発端は敬老の日だった。夫が敬老の日と、それに近い義母の誕生日のために、大きめのテレビをプレゼントしようと言いはじめた。確かに、実家のテレビはとても小さい。私のパソコンのモニタよりも小さいぐらいの、本当に小さな画面を、目を細めるようにして二人は見ている。夫はそれを前から気にしていた。親父もお袋も、楽しみはテレビしかないというのに、あれじゃあ可哀想だ。最近はテレビも安くなってきたし、敬老の日と誕生日のプレゼントを合わせて、大きめのテレビを買ってあげようと思うけど、どう? と聞かれた。

 私は、いいんじゃないのと答えた。いいんじゃないのと答えつつ、ちらっと、今の段階で新しい家電はちょっと難しいのではとも思った。なにせ、両親は二人とも八〇歳を超える後期高齢者で、そもそも家電の操作に疎い。普段から、電話が通じない、ファックスが動かない、エアコンがつかないとわが家に頻繁に電話がかかってくる。高齢者にとって、リモコンにずらっと並んだ小さなボタン(それもたくさん)を認識し、それを押すという動作は簡単なことではない。そのうえ、家電の操作が苦手ときている。どうかなあと思いつつも、再び、いいんじゃないの、買ってあげればと答えた。

 なぜそう答えたかというと、実は想像してみたのだ。私の両親が生きていたとして、二人が小さなテレビを見ているリビングに、大きなテレビを搬入する自分自身の姿を、そして、大きなテレビを見てたいそう喜ぶ両親の顔を! 想像しただけで、心がふわっと温かくなった。幸せの風が吹き抜けたような気がした。わかる、わかるよ。大きなテレビ、買ってあげたいよね。だって、あの人たちからしたら、大きな画面のテレビなんて、うれしくないはずがないもん。時代劇だって相撲だって、きれいな画面で見たほうが断然楽しいはずだ。親が元気なうちに、できる限りの親孝行をしたほうがいい。だって、私みたいに両方とも亡くなっていたら、どうにもならないから。そう思ったし、夫にもそう言った。そして私たちは、はやる気持ちを抑えつつ、意気揚々と車に乗って家電量販店に向かったというわけだ。

 目指したテレビ売り場で、これ、いいんじゃない? と思ったテレビをすぐに購入した。突然大きなテレビが届いたら、両親はびっくりしてしまうし、混乱するといけないので(なにせ義母は認知症なので)、念には念を入れて、配送はわが家宛てにしてもらった。わが家に届けてもらって、私たちが実家に搬入、接続までやってしまえばいい。実家はケーブルテレビを利用しているので、専用のテレビチューナーと接続したらそれでOK。チューナーに付属していたリモコンはそのまま利用できる。つまり、操作は以前と同じというわけだ! 変わるのは画面の大きさだけ。それって完璧じゃん! 

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。
家族の実話を描く近刊のエッセイ『全員悪人』が大好評、話題となっている。
最新刊は『ハリー、大きな幸せ』(亜紀書房)、および『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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