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料理に心底疲れ切った絶望感—もう一度、向き合おうと思うまで

 しかし、それを思い出して私が暗澹たる気持ちになるのは、そんな周囲からの言葉を受け入れていたのは、ほかでもなく自分であったという事実だ。あの頃の自分は、努力しても必ず何かを指摘され、課題を与えられることに慣れてしまい、それを当然のことだと信じ込んでいた。料理は誰かのために、必ず私がやり続けなければならないことだと思っていた。今となっては、その頃の自分に心からご苦労さまと伝えたい。そして、誤解を解いてあげたいし、同じ誤解を誰に対しても与えないようにしなければと思う。

 子どもが生まれて、作った料理をあっさりと拒絶されることの痛みにも、やっぱり手作りが一番美味しいという呪いの言葉にも慣れ、私はすっかりやさぐれた主婦となってしまった。小学生の頃抱いていた料理に対するわくわくとしたピュアな喜びなんて美しいものは、すっかり消え去った。二年前に大病をしてからというもの、料理に対する気持ちは拒絶に近いものとなり、今はもう、手作りVS冷凍食品という論争にも気軽に乗れない程度に、私のなかの「料理」は瀕死の状態だ。

 しかし、病を克服したことで私が得た、かけがえのない宝物の存在が、私の頑なな心に小さな声で呼びかけ続けている。そのかけがえのない宝物とは、自分をなによりも大切にするという気持ちだ。自分自身をないがしろにすることが、家族への愛だと勘違いをしていた自分に別れを告げてからは、ただひたすら、自分をいたわるようになった。だから、私はもう一度、料理に向き合おうと決めた。今度は誰かのためではなく、自分自身のために。自分のよりよい生活のために。
 
 再読したのは、ケンタロウ氏の『ケンタロウ1003レシピ』だ。再び料理に向き合うことを決め、最初に思い浮かんだのがこの一冊だった。ずいぶん前に一度購入したものの、本の山に埋もれてしまい、見つけることができなかった。過労がたたって痛み続ける右腕を休ませるためにも無理はせず、迷わず一冊買い足した。ページを開き、私が食べたい料理はこれだったと感激せずにはいられなかった。普通だけれど誠実で、抜群に美味しいケンタロウレシピに再チャレンジだ。久しぶりに、料理に対するわくわくとした気持ちが戻って来ている。もしこれを読んで、同じような気持ちになった読者がおられたとしたら、一緒にやってみませんか? 自分のために、もう一度、料理に向き合ってみませんか? 自分だけのために。

ケンタロウ著『ケンタロウ1003レシピ』(2010年4月刊行/講談社)
ケンタロウ著『ケンタロウ1003レシピ』(2010年4月刊行/講談社)
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新刊紹介

村井理子

1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』『村井さんちの生活』 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』『ブッシュ妄言録』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『ふたご母戦記』など。主な訳書に『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖』『エデュケーション』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』『射精責任』など。

X:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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