2020.9.10
放課後のジャイアントスイングプリンセス
これで一件落着かと油断したそのとき、「わぁぁぁぁ!」という絶叫と共に、橘さんが猛突進を仕掛けてきた。そのあまりの気合いに押され、金縛りにあったように体が動かない。ラグビーのタックルのような形で私を仰向けに倒した後、そのまま馬乗りになって彼女はゲンコツの雨を降らしてきた。重い、なんて重い拳だ。このままだとやられる。私はなんとか彼女の脇腹に銃口を当て「ドン! ドン!」とBB弾を撃ち込む。「うぁっ……」と鈍い声を上げ、私から距離をとる橘さん。怒りに震えるその姿はまるで不動明王のようだ。
「お前、男やったらそんなもん使わずに喧嘩せえや!」
「うるさいのぉ、勝てばええんや! 撃ち殺すぞ!」
「ほんならこっちは殴り殺したるわ!」
「おお、やってみろや! 源さん!」
これはもうどちらかが死ぬまでの決闘になる。
殺られる前に殺る。橘さんには今日ここで死んでもらう。
引き金にかけた指に力を込めた瞬間、「コラ~!」という声が辺りに響き渡った。騒ぎに気付いた公民館の職員がグラウンドまで駆け付けてきたらしい。
こうして私と橘さんの決闘は消化不良で終わった。
この件がきっかけで私たちは犬猿の仲となり、中学に進学してからもその距離が縮まることはなかった。
しかし、一九九五年、中学三年生の春に、私と橘さんは思わぬ形での再会を果たす。
私が所属していた陸上部に、突如として橘さんが入部してきたのだ。三年生は七月で部活引退となるため、それまでに残された時間はあとわずか。そんな時期に、どうしてわざわざ転部などしてきたのか。
なんでも噂では、所属していたソフトボール部で、自分のミスで大事な試合に負けてしまい、そこからひどいイジメに遭ってしまったのが転部の原因らしい。頼りになるキャプテンとしてチームを引っ張っている姿をたまに目にしていたのに、なんとも残酷な話である。
類まれなる運動能力を持ちながらも、ソフトボールを辞めるしかなかった橘さん。そんな逸材に救いの手を差し伸べたのが我が陸上部の顧問だったのだ。
橘さんの適正競技を検討した結果、「走」「投」「跳」というすべての能力に秀でていた彼女は、「三種競技B」を専門にすることが決まった。
そう、それは奇しくも私と同じ種目だったのである。