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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」
小学校から大学まで――
さまざまなクラスで、それぞれの出会いがあった。
教室で、体育館で、廊下で、校庭で……。
時が経っても鮮明に思い出す彼女たちの面影。
ロングセラー『死にたい夜にかぎって』の著者が贈るスクールエッセイ。

前回は連載初の高校時代。成長した爪少年と「日本史B」が好きな女子との素敵なエピソードでした。

今回もまた日本史に関連する『古今和歌集』が登場するお話、と聞けば、文化・歴史的な感じがしますが、いやいやまさかの展開で……。

金的に始まり、金的に終わる恋

 小学五年生の田代たしろ 加奈かなは金的の達人である。

 一九九〇年の秋、五年二組では「金的」が一大ブームを巻き起こしていた。男の金玉にガツンと鉄拳ぶちかます、あの金的で間違いない。

 ブームの発端は、二学期に入って最初の国語の授業だった。
「和歌を学ぼう」ということで、歌の読み方、作り方に加え、有名な歌集として『万葉集』や『古今和歌集』について勉強した。
 その授業終わり、お調子者の平尾君が、突然「古今和歌集!」と叫びながら、隣の席の男友達に金的を放った。
 金的が当たったときの〝コキン!〟という擬音と、『古今和歌集』の〝古今〟をかけたらしい。
 なんとも下品な言葉遊びだが、小学生、とくに男子はこういう類のくだらなさにめっぽう弱い。

 その結果、平尾君を発案者として、お互いに金的を打ち合う男子だけの新しい遊びが誕生した。
 名付けて「古今」という。
 ルールはいたって簡単。勝負は一対一のタイマン方式で、相手より先に金的を決めた方の勝ち。蹴りなどは使わず、用いるのは己の拳のみ。金的を当てたときに「古今和歌集!」と決め台詞を叫ぶのも重要なポイントだ。

 しかし、改めて言うのもなんだが、金的はとにかく痛い。痛いを通り越して悔しい。そしてこの世のすべてを呪いたくなる辛さだ。何かにたとえるなら、ファミコンの『ロックマン』で、ライフが0になったロックマンが粉々に砕け散って死んでしまうアレぐらいの衝撃ではなかろうか。なんとも恐ろしい。

 だが、金的を食らう恐怖に怯えながらも、私を含めクラスの男子は「古今」という危険な遊びにのめり込んでいく。
 なぜなら金的はすべての男に平等で、そして夢があるからだ。
 頭の良さ、ルックス、家柄に関係なく、金的さえ決まればどんな冴えない男にも勝つチャンスがある。その公平さと一発逆転のドラマが生まれるかもしれない期待に私たちは突き動かされていた。

 休み時間、昼休み、放課後と暇を見つけては「古今」に熱狂する男子たち。今思えば、映画『ファイト・クラブ』で、秘密結社を作り、ひたすら殴り合いに興じていた男たちのようだった。あの頃、あの場所にいた全員が金的に狂っていた。

 事件が起きたのは十一月のこと。
 クラスで一番のいじめっこだった福岡君が、強烈な金的を食らってションベンを漏らすという醜態を晒してしまった。

 しかも驚いたことに、いじめっこを退治したのは、クラスメイトの女子、田代 加奈さんだったのだ。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』が来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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