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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

傘をささない僕らのスタンド・バイ・ミー

「新井さん! 人や! 人が流れてきたで!」
「え? どこ、あ!」
「な! あれ、人に見えるよな?」
「うん、女の人に見えるわ、あれ死んでるんかな?」
「うん、ぐったりしてるなぁ」
「ええ、どうしよか」
「どうしたらええんかな」
「うん、とりあえず追いかける?」
「え、なんで追いかけるの? ああ、でも、そうしよか」

 どう考えても、まずは警察に連絡をするところなのだが、気が動転している小学三年生にその知恵は浮かばない。というより、突如目の前に現れた死体への好奇心を抑え切れないのだ。

「よし! 新井さん、行こう!」
「うん!」

 さっき仲良くなったばかりの女の子と、息を切らせながら二人で堤防の上を走っている。川を流れていく死体を追いかけて。
 四、五百メートルほど追いかけたところで、後方を走っていた新井さんがドテッという感じでコケてしまう。泣くようなことはないが、痛そうに右膝を押さえている。残念だが、追跡はここまでのようだ。

「何してんの! 私はええから死体を追いかけんかい!」

 この女、イカレてる。
 それに、そんな無茶を言われても、可愛い女の子をこんな場所に残していくわけにはいかない。どんなに情けない男でも、死体よりは女の子を優先できる男でいたいじゃないか。
 私は「まだ走れそう?」と確認をとり、新井さんが小さく頷くのを見て「一緒に行こう」と彼女の手を握った。
 慣れた感じでやってしまったが、実は女の子の手を握るのはこれが生まれて初めてだった。私は今、女の子の手を握って一緒に走っている。
 川を流れていく死体を追いかけて。

 一九八七年に公開された外国映画『スタンド・バイ・ミー』は死体を見たいという目的で、四人の少年たちが旅に出る青春物語だった。ああ、そうか、これが私と新井さんの『スタンド・バイ・ミー』だ。ここまで来たら、行ける所まで一緒に行ってみよう。

 しかし、昨夜の集中豪雨で水かさを増した川の流れは、小学生の足で追いつける早さではなかった。川が大きく開ける川下の公園付近まで追いかけたが、結局死体と思われる物体を見失ってしまった。
 川下では、上流から流れてきた水が、滝のように流れ落ちる場所がある。おそらく死体はあそこに落ちていったのだろう。何だか地獄へ通じる穴のような不気味さを漂わせている。
「なんか、怖い場所やな」と私が漏らすと、新井さんはまったく真逆のことを言った。
「そうかな。私、こういう場所は綺麗やと思う」
「え、これが? 水も濁ってるし汚いやん」
「なんで濁った色が汚いの? 赤色も黄色も濁った色も全部同じ色よ。私は濁った色の方が好きよ」
「……ふぅん、変なのぉ」

 夢中で走ってきたので気付かなかったが、いつの間にか雨は上がっており、遠くに見える山の方から綺麗な虹が空に一直線に伸びていた。

「新井さん、虹、虹だよ。綺麗やなぁ」
「うち、虹は嫌いよ。言うたやん、綺麗な色を好きな人ばかりちゃうんよ」
「虹が嫌いなんて言う人はじめて会ったわ」
「私は黒とか白とかアゲハ蝶みたいな模様の虹なら見てみたいわぁ」
「え~アゲハ蝶は気持ち悪いよ。俺は蛾の模様の方がカッコイイわ」
「あんたも変やん、蝶より蛾が好きとか」
「あはは」
「あはは」

 その後、公園のベンチの横にある自動販売機でメローイエローを買って一緒に飲んだ。炭酸飲料はいつだって優しい。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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