よみタイ

爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

傘をささない僕らのスタンド・バイ・ミー

 翌日、少し朝寝坊して昼の十二時に起床。すでに台風は居なくなっていた。外はまだ強い風が吹いているが、雨は小雨が降っているぐらいに弱まっている。
 おそるおそる親父に、外に遊びに行ってくることを伝えてみる。止められるかなとも思ったが「気をつけてな」とだけしか親父は言ってくれなかった。

 雨がしとしと降りしきる中、いつものように傘をささず、平尾君との待ち合わせ場所までテクテクと歩く。

「ゴゴゴゴゴゴ……」

 堤防に近づくにつれて、地鳴りのような音が周囲に響き始める。地震と間違うほどの轟音は、なんと川の流れる音だった。
 堤防のてっぺんに駆け上り、川全体を見下ろすと、普段は十センチぐらいしかない水位が、おそらく二~三メートルまで上昇していた。どす黒い色をした濁流がうねりを上げている。あれに巻き込まれたら大人でもひとたまりもないだろう。
 普段は穏やかな川が見せるもう一つの顔。早く平尾君にもこれを見せてあげたい。だが、待ち合わせ場所に彼の姿は見えない。そこに代わりに現れたのは思いもしない人物だった。同じクラスの新井まどかさんだ。

 新井さんはマッシュルームカットがよく似合う小柄な女の子で、両のほっぺが真っ赤な彼女は、まるでキノコの妖精のように可愛らしかった。
 特に仲良くしていたわけではないが、実はちょっと前から気になる存在であった新井さん。
 なぜなら、彼女も私や平尾君と同じように雨の日に傘をささない子だったからだ。男の私たちはまだいいとして、女の子が雨に濡れているのはやけに目立つ。おそらく、彼女も私のことを「傘をささないクラスメイト」として認識しているだろう。
 新井さんは、こちらの存在にはまったく気づいていないようで、荒々しい川の流れをただジ~っと見つめていた。

 昼寝でもしているのか、親に外出を止められたのかは分からないが、平尾兄弟が現れる様子はいっこうにない。私は暇つぶしも兼ねて、新井さんに話しかけることにした。驚かさないように遠目から「お~い、お~い」と呼びかける。ようやく私に気付いた新井さんは、小走りでこちらに近づいてくる。

「あれ、こんなとこで何してるん?」
「新井さんこそ、なんで川なんか来てるん」
「私、台風の後の川が見たくなってん」
「ああ、じゃあ僕らと同じか。僕は平尾君に誘われたんよ」
「あんたらいつも仲いいね」
「でも新井さんって変な子やな。女の子一人で台風の日に外に出ないよ」
「女の子の友達誘っても誰も一緒に来てくれへんってさ。私は男の子が羨ましい」
「そうなんかぁ、女の子も女の子でいろいろ大変なんやなぁ」
「それよりも見て! 川がすごいでぇ、灰色や! 海や! 津波や!」
「うん、めちゃくちゃ荒れてる。灰色の龍が泳いでるみたいや」
「え? 龍? ほんまや。龍に見えてきたわ。灰色の龍、これが龍に見えるとか、あんた良いこと言うなぁ」

 思ってもみない感想に面食らってしまい、私はしばらく黙りこくってしまう。気を遣った新井さんが自分から話を振ってくる。

「前から聞きたかってんけど、あんたって雨の日にどうして傘ささへんの?」
「あぁ、あれはな。お父さんの命令なんよ。雨に負けるような弱い男になるなって、昔から言われてるんや。傘に甘えるなって」
「え! お父さんが言ってるの?」
「うん、うちはお母さんがいないからな、お父さんが変に厳しいのよ。それなら新井さんも一緒やん。なんで傘をささへんの」
「雨に濡れたら気持ちいいからや」
「気持ちいい? なんや分からへんわぁ」
「家で嫌なことがあったら雨に濡れるの。雨が気持ち良くて嫌なこと全部忘れるねん。」
「そんなに嫌なことあるん?」
「うちはお父さんもお母さんもおるけど、どっちも全然優しくないねん」
「……そうなんか」

 また何も言えなくなってしまう私。大人になった今なら分かるが、きっと新井さんは両親からDVに近いことを受けていたんじゃないかと思う。体育の授業の時、彼女の体のあちこちにひどい内出血があったのをよく覚えている。
 これ以上この話を続けないほうがいい。私はとっさに話題を変えた。

「あれちゃう。新井さんって河童なんちゃう?」
「何よ河童って。ひどいなぁ」
「水に濡れたら気持ちいいとか、きっと河童や、前世が河童や」
「河童かぁ、でも河童の方が人間より楽しいかもなぁ」
「俺も河童になったら、お父さんに喧嘩や相撲で勝てるかなぁ」
「きっと勝てるよ。なぁ、私と一緒にカッパになろうやぁ」
 
 二人でバカ話をしていると、川の上流から異様な物体が流れてくるのが目に入った。
 上下に激しく揺れる物体……、あの大きさは人だ!

1 2 3 4 5

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

関連記事

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

週間ランキング 今読まれているホットな記事