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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

空を飛ぶほどアイ・ラブ・ユー

 都合の良い解釈で自分の行動を正当化した私は、翌日の放課後、勇気を出して佐藤さんに声をかけた。書道部に所属している彼女は部活に行く準備をしている最中だった。
「佐藤さん! あの、佐藤さんに見てほしいものがあるんだ。少しだけ付き合ってくれないかな?」
 とくに親しくもない私からの突然の誘いにも、嫌なそぶり一つ見せず、佐藤さんは黙ってコクリと頷いた。間近で見ると本当にお人形さんのような小さくて可愛い顔をしている。

 目星を付けておいた学校で人目に付かない場所。二階の視聴覚室準備室前の廊下に佐藤さんを連れていく。私の後ろをトコトコと付いてくる彼女。ああ、君のすべての動作が可愛らしい。
 現場に到着。他の人に見られないように細心の注意を払い、準備に入る。
「危ないから少し離れて見ててね」と安全な距離を取り、充分な助走から側転→バク転のコンビネーションを狙う。
 失敗は絶対に許されない。
 佐藤さんにこれ以上の迷惑はかけられない。
 私のこれから先の人生が失敗だらけの酷いものになってもいい。だから神様、このバク転だけは成功させてください。
 きっとオリンピックってこれぐらい緊張するんだろうな。
 でも、私は金メダルより可愛い佐藤さんの笑顔が欲しい。
 そして私は飛んだ、華麗に飛んだ。成功だ。

 「どうだ!」という気持ちで、佐藤さんの様子を見ると、口をあんぐりと開けて驚きの表情を浮かべていた。そしてすぐ「パチパチパチ……」と大きな音を立てて何度も拍手をしてくれた。ああ、人生で一番幸せな拍手を私は今浴びている。
 佐藤さんがうまく話せないことで、会話でコミュニケーションを取るのは難しい。そこで私は一方的に自分の気持ちを伝えることにした。

 どうか、クラスのみんなには言わないで欲しい。
 佐藤さんなら黙って見てくれると思ってお願いしたこと。
 もしそのことで怒らせたら本当にごめんなさい。

 思いのすべてを伝えると、佐藤さんはにっこりと笑ってくれた。たぶん「気にしないでいいよ」という意味なのだろう。
 彼女はまだ何か言いたいことがあるような顔をしていたが、私にはそれを理解することはできなかった。
 ペコリと頭を下げて、私はその場をあとにする。
 可愛い女の子にバク転を見てもらえた。可愛い女の子と自分だけの秘密を作ることができた。この二つの事実だけで私は七十歳ぐらいまでは元気に生きていけそうな気がした。大袈裟じゃなく本気でそう思った。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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