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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

空を飛ぶほどアイ・ラブ・ユー

 そして九月がおとずれ、二学期がその幕を開けた。
 私は何事もなかったかのように変わらぬ学校生活を送る。ニキビ野郎が空を飛ぶ必要はない。ニキビ野郎ってだけでもキモいのに、空飛ぶニキビ野郎になってしまったら、そのキモさが倍増してしまう。

 しかし、心ではそう理解しているのだが、やはりどうしてもバク転を誰かに見せたいという欲望に駆られるときがあった。思春期の承認欲求はたちが悪い。
 そんなとき、私は神社や墓地に足を運び、人がいないところで思う存分バク転をやっていた。神社に祀られている氏神様、土の下で安らかに眠っている死者達だけが私のバク転を見てくれていた。
 ありがたいことに、神様と死者以外にも私の勇姿を見せつけられる相手が現れた。その辺にたむろしている野良犬や野良猫の集団である。もっとも、私がバク転をすると、蜘蛛の子を散らしたようにその場から逃げ去っていくのだが。

 だが、一か月もすると、もう自分では抑え切れないほどの熱い感情が私の中に生まれてしまう。
「やっぱり女の子にバク転を見てもらいたい!」
 健全な男子なら当然の想いである。
 神様や犬にバク転を見せるために、私は頑張ったんじゃない。男として生を受けたかぎりは、やっぱり女の子の前で格好つけたい。

 そうは言っても誰に見てもらえばいいのか。
「あの、ちょっと、僕のバク転見てくれないかな」
 ほぼ、不審者である。
 こんな誘い方をしたら、ほとんどの女子は私のことをキモいと思うだろう。ニキビ面で不潔な私のバク転を見てくれる女子など、この学校に存在するのだろうか。

 あ、いる。一人だけいる。
 同じクラスの佐藤さとう瑠美子るみこさんだ。
 通称「沈黙の佐藤さん」である。
 佐藤さんは、授業中も休み時間も全く言葉を発しないことから、この異名が付けられていた。
 当時は、とても物静かな性格の子なんだなと思われていたが、今になってみれば、彼女はおそらく場面緘黙症ばめんかんもくしょうだったと推測される。
 言葉を話す能力を持っているのに、学校や職場など特定の場所や状況において、極度の緊張からまったく話せなくなる状態。それが場面緘黙症だ。
 おそらく佐藤さんは、入学以来一度も言葉を発したことがない。先生たちも佐藤さんを無理に喋らせようとはしなかったし、なんとなくその空気を読んで、私たち生徒も彼女をいじめるようなことはしなかった。

 というより彼女はクラスでは人気者グループに属していた。
 だって佐藤さんはとっても可愛い女の子なのだ。
 中学生とは思えない大人びた顔、フワっとウェーブのかかった髪型に、その無口さも合わさって、中森明菜のようなミステリアスな雰囲気を持った美少女だった佐藤さん。

 そうだ。佐藤さんに私のバク転を見てもらえないだろうか。彼女なら「キモい」とか「嫌だ」とか言わずに黙って見てくれるはずだし、クラスのみんなにペラペラ喋ることもないはずだ。
 うまく言葉を話せない彼女を利用するみたいで申し訳ないが、別にイジメるわけではない。たった一度だけでいい。可愛い女の子にバク転を見て欲しい。ニキビだらけの男だって、人生で一度ぐらい空を飛んだっていいはずだ。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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