よみタイ

爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

幼なじみの罪とヤマボウシは蜜の味

 運命の日曜日、朝から空気が乾燥しているが雨は降っていない。これぐらい涼しい方が山道を散歩するのにはちょうどいい。小さい頃に毎日のように通っていたけものみちを、一歩一歩思い出を確かめるように、私はのんびりと歩を進める。
 かなり道草をしてきたつもりなのに、待ち合わせ時間の十五分前に到着してしまった。おぼろげな記憶を頼りに古井戸小屋の裏手に回ってみると、そこにはヤマボウシのどす黒いピンク色の実がたくさんなっていた。昔と変わらぬ風景が目の前に現れたことに感動して、しばしの間、動くことができない私。

 ナッちゃんは昔から待ち合わせ通りに来る人ではない。暇を持て余した私は、毒見役も兼ねて、ヤマボウシの実を二、三個ばかり先に頂くことにした。さくらんぼの実の表面にブツブツが沢山ある感じのグロテスクな見た目に反し、ヤマボウシの実はイチゴやマンゴーにも負けないほどの甘い味がするからクセになる。
 口の中いっぱいに広がる思い出の味を堪能しながら、待ち人を待ち続けること三十分、ようやく姿を現したナッちゃんも、懐かしい風景を目にして感動している様子だった。

 本来ならヤマボウシに負けないぐらいの甘い言葉をかけてあげたいところだが、待ち合わせに遅刻したのに謝罪の言葉がないバカの顔を目掛け、私はヤマボウシの実を思いっきり投げつけた。
 私の手から放たれたヤマボウシは、見事ナッちゃんのおでこに命中。
「ぐへぇ」と情けない声を上げておでこを抑える彼女。少しは反省したかなと思ったら「山の中でも3秒ルールって有効だよね?」と確認してから、地面に落ちたヤマボウシの実を拾うナッちゃん。服の袖で汚れを丁寧に拭き、自分の口の中にポイッと放り込んだ。
「ん~~! やっぱり甘くて美味しい! ねぇ、もう一個採ってよ」とおねだりしてくるナッちゃん。
 それは私の知っているいつものナッちゃんだった。
 結局、二人してヤマボウシの実を二十個もたいらげてしまった。食い意地が張っているのも私とナッちゃんの昔からの共通点である。もう糖分は足りた。ここからはちょっと渋い話をしないといけない。

「ナッちゃん、ちょっと聞きたいことあるんだよね」
「え、ナニナニ? なんなのさ?」
「噂話を信じちゃって本当に悪いんだけどさ」
「うん」
「お前、泥棒やってるのか?」
「は?」
「クラスの女子が言ってたぞ、西山さんが家に遊びに来るたびにうちのものが盗まれるって!」
「……知らないよ」
「違うならちゃんと違うって言ってくれ。でも嘘は言わないで。泥棒なんてしないよな?」
「……」
「貧乏人にもプライドがある。絶対に盗みはしないって昔に約束したよね? ズルはする。ズルはするけど盗みはしないって!」
「……」
「お願いだから本当のことを言って!」

 うつむいて何も言わなくなったナッちゃんの様子から私は全てを悟った。やっちゃったことは仕方ない。だから、せめて私には嘘をつかないで欲しい。家族や友達が犯罪者になっても平気だけど、君が犯罪者になるのは嫌なんだ。どうしてかわからないけどそう思うんだ。そんな気持ちで胸がいっぱいになった私もいつしか涙目になっていた。

「ヒロ君、ごめん。私、泥棒してるんだ」
「……そうか。いいよ。何を盗ったんだよ。お金か? 本か?」
「言うのが恥ずかしいんだけど……」
「怒らないから言って」
「うん、私……」
「……」
「友達のシルバニアファミリーを……遊びに行くたびに一人ずつ盗んでるの」
「え? シル?」
「友達は動物が住む大きな家まで持ってて……羨ましくて……みんな私に自慢ばっかりしてくるから、家族を一人誘拐してやったの」
「えーと、誘拐」
「ちょっとしたら返そうって思ってたんだよ。本当に! でもいざ返そうと思ったら情がわいてさ……この子は私の子供だって」
「……」

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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