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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

幼なじみの罪とヤマボウシは蜜の味

 私がその疑惑を知ったのは、ある日の昼休みのことだった。トイレで小を済ませた帰り、女子トイレの入口辺りで、うちのクラスのおしゃべり女二人が大声で騒いでいる声が耳に入ってきた。

「もう西山さん、うちに遊びに来ないで欲しいね」
「ほんとほんと、みんな迷惑してるもん」
「うち、先週もまた盗まれたんだよ」
「え~、また? ひどいね」
「もう被害額四、五千円は持ってかれたよ、あの泥棒に!」
「西山さん、うちのクラスだけじゃなくて、他のクラスとか、下級生の家にも盗みに行ってるらしいよ」
「あの女やばくない? 警察に相談してもいいんじゃない?」
「これ以上ひどくなったら先生に相談しようよ!」
「うんうん! 絶対そうしよう!」

 校内にナッちゃんの悪行を広めようとしているのか、廊下にいる人全員に聴こえるぐらいの大声で喋り続ける二人。私は全く興味の無いフリをして教室に戻った。

 窓際に視線をやると、ナッちゃんが気持ちよさそうにベランダでお昼寝をしていた。家の日当たりが悪いそうで、天気がいい日はこうやってベランダで日光浴をするのがナッちゃんの通常営業であった。
 不思議な縁とはあるもので、私とナッちゃんは小学一年生から六年生までの六年間ずっと同じクラスだった。お互いに身体が大きくなり、男女の違いが出てきても、小さい頃に道端の草や裏山の木の実を一緒に食べた幼馴染が同じクラスにいることが、どれだけ心強かったことか。ナッちゃんも私と同じように思ってくれていたらいいのだけど。
 そうだ。深い付き合いの私だからこそ、この件については、ナッちゃん本人からハッキリと聞いておきたい。
 もし何かの間違いなら、こんなバカげた噂は私が叩き潰してやる。

「ナッちゃん、ナッちゃん」
「……うあぁ、ヒロ君、何よ」
「今度の日曜日は暇?」
「え、ああ、うん、大丈夫」
「あれ食べに行こうよ、ヤマボウシ。今だったら裏山辺りでたくさん採れるはずだよね」
「懐かしい! そうだね、秋になるといつもあそこのヤマボウシ食べてたもんね。うん、久しぶりに食べたいな。行こうよ」
「じゃあ日曜日の昼十一時にね」
「OK♪ わかった~」

 その日、学校から帰った私は、机の引き出しの奥にしまってあるボロボロのノートを取り出した。表紙には『ヒロとナッちゃんのグルメマップ』と汚い字で書いてある。「グルメ」だけ赤で書いてあるのがいかにもガキっぽい。
 これは小学校低学年の頃、ナッちゃんと一緒に作った我が町のグルメマップだ。ただ、喫茶店や蕎麦屋とかそういう類の情報は一切載っていない。このノートに書き込まれているのは、私たちが自分の足で調べ上げたオリジナルグルメの情報である。

 だが、貧しい子供に、町の料理屋さんやらに通う金などあるわけがない。貧乏人にとってのグルメは、道端に生えている食べられる草、甘い果実をつける山道の植物、安い値段で買える自動販売機のことなのである。
 北の山に美味しい木の実があると聞けば北へ、南の川に食べられる蟹がいるとわかれば南へ、東にお菓子をくれる優しい老婆が住むと知れば東へ、西に安い駄菓子屋があるとなれば西へ。
 まるで探検隊になった気分で、私とナッちゃんは、自分の住む町に隠されたお得なグルメを追い求め、その成果をこの一冊にまとめたのである。

 パラパラとめくっているだけで、幼き頃の冒険や食生活がありありと浮かんでくる。この一冊は、私とナッちゃんにとっては『ファーブル昆虫記』や『シートン動物記』にも値する宝物なのである。
 あった。ヤマボウシに関しての記載だ。待ち合わせ場所の詳細をしっかりと頭に叩き込む。ヤマボウシがたくさん見られる場所は、裏山にある古井戸小屋の近く。そこにやって来るのは、私のよく知っているナッちゃんなのだろうか。それとも泥棒に成り下がったナッちゃんなのか。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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