よみタイ

爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

ワックスの海を滑る彼女は、僕らの学級委員長

 一学期もあと少し、真夏の足音がすぐそこまで近づいてきた七月中旬の金曜日、学期終わり恒例のワックスがけの日がやってきた。昼休みが終わり、体操着に着替えた生徒たちが、床の掃き掃除をする班と、机と椅子を教室の外に運び出す班に分かれて作業を開始する。
 うちの小学校のワックスがけの工程はこうだ。

一、 教室内の机、椅子を外に運び、床をホウキで綺麗に掃く。
二、 床を濡れ雑巾でしっかりと拭いて、こびりついた汚れを丁寧に落とす。
三、 濡れた床を一旦乾燥させる。
四、 他の生徒は下校し、学級委員と担任の先生が居残りでワックスをかける。

 この工程の中で、生徒が一番盛り上がるのは何といっても雑巾がけである。誰が一番先に十往復できるかといった条件を決め、みんなでレースごっこをして遊ぶからだ。楽しく拭き掃除を行なえるようにと、この時ばかりは担任の先生もうるさいことは言わない。
 だが、学級委員の私からすれば、お前らは馬鹿騒ぎして家に帰るからいいけども、こっちはわざわざ放課後に残ってワックスがけしなきゃいけねえんだよと、はらわたが煮えくり返っていたのをよく覚えている。

 一時間半ほどかけて下準備は整った。私と中野さん、担任の先生を残して、クラスメイトたちは帰宅の途に就く。ヘビースモーカーの男性教諭が、煙草を吹かしつつ、倉庫からバケツいっぱいのワックスを持ってくる。
 少しずつ床にこぼし、それをモップでまんべんなく床に塗り込んでいく。力任せに擦るのではなく、優しく広げていくのがワックスがけのコツである。翌日になれば、教室の床はつるつるのピッカピカに光り輝くというわけだ。こちとら学級委員の仕事で毎年のようにやっているので、作業自体には何の問題もない。

「優秀なお前らなら二人だけでもできるよな? わしは職員室でプリント整理してるわ。終わるぐらいにまた来るから」

 私たちに全幅の信頼を寄せている担任の先生は、そう言ってその場を去った。体よくサボりに入ったことは私も中野さんも勘づいていたが、いちいち怒るのも面倒臭いので、すぐに仕事に取り掛かることにした。やはり私たちはこういうところも考え方が似ている。

「中野さん、ワックス垂らすのとモップ、どっちやる? ワックスが結構重そうだから俺が垂らそうか?」
「いや、私がワックスをするよ。中身が減ってどんどん軽くなるから、こっちの方が楽だと思うの」

 相変わらず効率重視な女だなと思いつつ、私はモップの準備をする。教室の端から端まで無駄なくワックスを塗れるコースを作成して、二人で作業のシミュレーションを行なう。同じ工程を頭の中に描けたのを確認してから作業開始である。
 ところが、最初に落とし穴があった。思った通り、ワックスはかなりの重さであり、その重量に耐え切れなくなった中野さんは、バケツをひっくり返してしまったのだ。

「あぁ! いやぁ! だめぇ!」

 中野さんの悲鳴も空しく、教室の床一面に白いワックスがバシャーンとこぼれ、大きな白い水溜まりが出来上がる。

1 2 3 4

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

関連記事

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

週間ランキング 今読まれているホットな記事