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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

宇宙で一番美しかった嘔吐

 次の日は、朝から体育館で全校集会だった。今日からいじめられっことしての学校生活が始まるのだ。私はそう覚悟していた。
 全校集会の名物といえば校長先生のありがたいお話である。うちの校長はとにかく話が長いので、生徒たちはその場に体育座りをして耳を傾けることになっていた。
 その日の校長はいつにもまして絶好調で、十五分経ってもいっこうに話が終わる気配がない。生徒たちのイライラが頂点に達しようとしたとき、真っ青な顔をした白川さんがスッと立ち上がった。

「あ、吐くのかな」
 危険を察知した周囲の人が彼女のそばから離れる。ところが、いつもならすぐに吐くはずの白川さんは、そこからフラフラと歩き始める。そして、座ったまま居眠りをしている三宅君のところまで近づくと、彼の頭の上に豪快にゲロをぶちまけた。
 何が起こったのか分からずに固まったままの三宅君。「うわ~」と逃げ惑う生徒たち。なぜか満足そうな顔をしている白川さん。やがて体育館中に響き渡る声で「え~ん! え~ん!」と三宅君は泣き出してしまった。

 その時、私は気づいた。
 もしかして、白川さんは私をいじめた三宅君をこらしめてくれたんじゃないか。吐くのを必死に我慢して、一歩、二歩と前に歩いて三宅君のもとに向かったに違いない。白川さんのためにゲロを吐くことができなかった私、そんな私のために彼女はゲロを吐いてくれた。
 月の上を歩いた宇宙飛行士の一歩よりも、彼女が私のために歩いてくれた一歩のほうが、どんなに価値があるだろう。

 これにより、白川さんへのイジメがエスカレートするんじゃないかとも心配したが、彼女は、無敵のガキ大将の三宅君を泣かせた英雄としてクラスのみんなに迎えられた。あれだけひどかった彼女へのイジメはなくなり、私がいじめられるようなこともなかった。三宅君にいたっては牙を抜かれた虎のようにすっかり大人しくなった。
 「汚い」とか「迷惑」とか、「ゲロ」にはマイナスのイメージばかりが付きまとう。だが、周りの人を幸せにする素敵な「ゲロ」を吐く女の子だっているのだ。

 白川 梓さん。
 あの時は、私のためにゲロを吐いてくれてありがとう。面と向かってお礼は言えなかったけど感謝しています。
 あなたが私のために吐いてくれたゲロはどんなゲロよりも美しかった。
 中学に入ってからは疎遠になったけど、体が成長したおかげか、あなたが全然吐かなくなったことは知っていました。
 嬉しいような、なぜか残念なような不思議な気持ちでした。
 大人になってからゲロを吐いている人を見かけるたび、あなたとあなたの吐いていたゲロを思い出します。
 そして、今なら言える。
 白川 梓さん、私はあなたと、あなたの吐くゲロが大好きでした。

 さて、最初に噂を聞いた時は耳を疑いましたが、どうやら高校生の時にあの三宅君と付き合っていたそうですね。いったい何がどうなったらそうなるんでしょうか。もしかしてあのゲロが繋いだ縁なのでしょうか。今度ゆっくりお会いすることがあれば、二人のなれそめを詳しく教えてください。そのときを楽しみにしています。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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