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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

宇宙で一番美しかった嘔吐

 イジメをやめさせる勇気はないが、白川さんのために何かできることはないものか。子供なりに無い知恵を振り絞った私はあることを決意した。

 三学期の保健委員に立候補しよう。

 うちの学校の保健委員の仕事はおもに三つ、予防注射をする時に保健室の先生を手伝うこと、授業中に気分が悪くなった子の付き添いで保健室に行くこと、そしてゲロ掃除。白川さんが高頻度でゲロを吐くこともあり、その掃除を嫌がって保健委員になりたがる人は少なかった。
 そう、せめてもの罪滅ぼしとして私ができるのは、彼女のゲロを嫌がらずに掃除することしかない。
 予想した通り、私以外の立候補者はおらず、無事に保健委員になることができた。あとは女子の保健委員が誰になるかだったが、なんと白川さんがおずおずとその手を上げた。
 彼女は自分のゲロを自分で掃除しようというのか。気が優しい白川さんのことだ。クラスのみんなに嫌なことをさせて申し訳ないと気に病んでいたのだろう。私は彼女のそのけなげさに心を打たれた。

 三学期も変わらず、白川さんは吐いた。冬の寒さも手伝ってお腹の調子が悪いのか、多い時は週に三度ぐらい吐いた。ガキ大将の三宅君は「一年間でキャベが吐いた回数が、近鉄のブライアントのホームラン数を超えた!」と騒いでいた。とんでもないたとえ方だが、非常に分かりやすい表現だとも思う。

 白川さんが吐くたびに、私はトイレットペーパー、濡れ雑巾、洗剤を使って丁寧にゲロを掃除した。吐く回数が多いので、私の掃除の腕前もどんどん上達していった。白川さんも頑張って手伝おうとはしてくれるのだが、ゲロを吐いた直後の彼女に無理をして欲しくないので、その場で安静にしてもらっていた。

 黙々と掃除をしていると、白川さんが「ごめんね」という目でこちらをじっと見つめていた。その無言のプレッシャーに耐え切れなくなった私は、彼女と無駄話をしながら作業をするようになった。
 普段は、いじめられっこの白川さんと話すことはできないが、ゲロ掃除のときに、こそこそ話すぐらいならクラスメイトにバレはしないだろう。彼女がゲロを吐くたび、私たちはくだらない会話を重ね、少しずつだがその距離を縮めていった。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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