2019.12.25
恋の隠し味はしそと塩昆布
それから一ヶ月ほど思い悩んだが、自分を納得させられる答えが出そうにないので、私は片岡さんともう一度話をすることにした。彼女を傷つけることになるが、このままだと私はノイローゼになりそうだった。
「片岡さん、言いにくいんだけどさ」
「何?」
「片岡さんって、なんで鼻くそを食べるの?」
直球で聞いてしまった。何も言えずに困った顔をして固まる片岡さん。このままだと泣いてしまいそうだ。
「いや、俺もたまに食べたくなるんだ。だから聞いてみたんだよ」
女の子の涙を見たくない私は、咄嗟に苦し紛れのフォローをしてしまう。
「うんとね、私、小さい頃からずっと食べてるの」
「そうなんだ、親は怒らないの?」
「怒らない、どっちもあんまり家にいないから気付いてないのかも」
「あのさ、鼻くそって美味しいの?」
「え……、癖で食べてるだけかも。味はするけどね」
「味ってあるの?」
「するよ、しょっぱい味」
「何かで言えば?」
「塩昆布の味に似てる」
「俺、昆布の佃煮大好きなんだよな。それだけ聞くとめちゃくちゃ美味そうな気がしてきた」
「日によって味が変わる時もあるよ。もっとしょっぱい日もある」
もっとしょっぱくなる? まさか人の体調に合わせて鼻くその味も変わるとでもいうのか。興味は尽きないが、そろそろ本題に入らなければ。
「片岡さん!」
「わ! 何?」
「俺の婆ちゃんのしそ料理と鼻くそ、どっちが美味しかった?」
「え?」
「いや、婆ちゃんの料理美味しいって言ってたからさ。いつも食べてる鼻くそとどっちが美味しいのかなって」
「そんなの比べられないよ」
「……」
祈るような気持ちで、片岡さんの次の言葉を待つ。
「お婆ちゃんの方だよ。だって鼻くそは料理じゃないもん」
そうだ。鼻くそは料理じゃない。
「うん、本当にありがとう。片岡さん、ありがとう」
私はようやく感謝の気持ちを素直に伝えることができた。事態を呑み込めていない片岡さんもとりあえず笑っている。自分の目的を達成した満足感もつかの間、すぐに片岡さんに申し訳ないことをしてしまったという後悔の念に襲われた。聞かれたら嫌なことにもちゃんと答えてくれた彼女に何かお礼をしたい。片岡さんが喜びそうなことって何だろう。私は必死で考えた。そしてあることを閃いた。
「片岡さん、俺、鼻くそ食べてみるよ」
「え! なんで?」
「いや、前から食べたかったんだって」
「やめときなよ~」
「なんだよ、そっちはいつも食べてるじゃん」
「でも~」
もう勢いでいくしかない。私は意を決して己の鼻をほじる。指の先っぽにちょうどいい大きさのブツが当たる。私はコレを食べるんだ、食べろ、食べてしまえ。両目を瞑り、えいやっと口の中に鼻くそを放り込む。そして二、三度ほど噛みしめ、それをゴクリと飲み込んだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「塩昆布の味だね」
「でしょ~」
そう言って二人で笑った。本当はそこまで味なんてしなかったけど、私は嘘をついた。彼女が笑ってくれると思ったから。
私が人生で初めて鼻くそを食べた日の思い出。片岡さんのような可愛い女の子と一緒に食べることができた私は、世界で一番幸せに鼻くそを食べた男かもしれない。