2019.12.25
恋の隠し味はしそと塩昆布
「皆さん、手を合わせてください。い・た・だ・き・ま・す!」という学級委員長の号令からほどなくして、この世の地獄が始まった。
野菜が苦手な子はもちろんのこと、しそを初めて食べる子の口には、しそ特有の匂いと風味の強い味は、およそ受け入れられないものだった。クラスのほとんどの生徒が口々に文句を言う。
「今まで食べた料理で一番不味い!」
「ドッグフードの方がまだマシだよ」
「先生、お腹痛いんで早退したいです」
なんともひどい言われようだ。そして集団心理とは怖いもので、暴言を吐くだけでは気が治まらないみんなは、私への責任転嫁を始めた。
「お前の婆ちゃん、俺らを殺す気かよ」
「お前、責任取ってみんなの分も食え」
私の机の上に次々に置いていかれるしそ料理たち。私はただうつむくことしかできなかった。
担任の先生の一喝によって、ようやく騒ぎは沈静化された。「食べなくていいぞ」と先生は言ってくれたが、私は食べられるだけ、みんなの分のしそ料理を掻き込んだ。
昼休みになり、他のクラスの様子も調べに行ったところ、どのクラスでもしそ料理への不評の声が多数上がっていたそうだ。何も悪いことをしていないのに、本当に悪いことをしてしまったような気分になった。
その日、家に帰ると「今日の給食、婆ちゃんの料理が出たんやろ? どうやった?」と祖母に聞かれた。私は即座に「うん、みんな美味しいって言ってたよ!」と嘘をついた。大好きな祖母に嘘をついたのは久しぶりだった。
今回の一件で、クラスのみんなにいじめられるんじゃないかとビクビクしていたが、喉元過ぎれば熱さを忘れるというか、子供は単純な生き物というか、しそ料理の騒ぎなど何もなかったかのように、いつもと変わらぬ学校生活が私を待っていた。
大好きな祖母の料理を馬鹿にされたことを私は生涯忘れない。人生とは、傷つけられた人だけがその記憶を引きずって生きていくものなのだ。