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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

私だけの歌姫はクラスで一番地味な女の子

 毎週火曜日の「自由歌唱」は、すぐに人気科目になった。そりゃそうだ。ただ好きな歌を歌うだけの授業なんて最高じゃないか。だが、私にとっては苦痛を感じる時間でもあった。それは平田麻沙子のせいだ。彼女は毎週毎週楽しそうに歌謡曲を歌いやがる。まるで私に見せつけるかのように。
 平田さんの歌声は、とくに美声というわけではないが、私の胸にやけに刺さってくる。他人にどう思われるかばかりを気にして、自分の本当に好きな曲を歌おうとしない弱虫の私は、歌謡曲への愛にあふれた彼女の純粋無垢な歌声を聴くのがとにかく辛かった。そして同時に羨ましくて仕方なかった。

 悔しいが、今週の平田さんも最高だった。テレサ・テンは平田さんの声質に一番合っている気がする。来週はいよいよ一学期最後の音楽の授業だ。二学期からは正規の音楽教師が復帰するので、次が最後の「自由歌唱」になってしまう。はたして平田さんは何の曲を歌うつもりなのか。いてもたってもいられなくなった私は、ある日の放課後、平田さんに初めて話しかけることにした。
「平田さん、あの……、来週の自由歌唱は何歌うの?」
「……え?」
「いや、うん。ちょっと気になってさ」
「まだ決めてないんよね~」
「そうなんだ。ああ、この前のテレサ・テンは良かったよ」
「ありがとう! クラスのみんな全然反応してくれないから、誰も聴いてないのかと思ってた。だから嬉しい」
 破顔一笑という言葉に相応しい満面の笑みを浮かべる平田さんを見ているうちに、私も少しだけ自分の気持ちに素直になろうと思った。
「実は、クラスの誰にも言ってないんだけど、俺も歌謡曲大好きなんだよ」
「え? ほんとに?」
「うん、俺、家の都合でお爺ちゃんとお婆ちゃんとばっかり一緒にいるからさ。自然と好きになっちゃった。だから平田さんの歌ってる曲は全部知ってるよ」
「嘘! すごいじゃん!」
「平田さんはなんで歌謡曲が好きなの?」
「うちも……家の都合かな。うちはお婆ちゃんもお母さんもスナック勤めなんだよね」
「え、そうなんだ。知らなかった」
「子供の頃から、スナックによく遊びに行ってたの。それでお客さんの前で歌ったりしたら喜んでくれるから、ずっと歌ってたの」
 境遇は違えども、同じように歌謡曲を愛する二人がこうして巡り合った。この出会いを無駄にしたくない。私は決意した。
「俺、次の自由歌唱の時に堀江淳の『メモリーグラス』を歌うよ。俺の一番好きな曲なんだ」
「私も好き! じゃあ私はどうしようかな。そうだ! リクエストしてよ。知ってる曲なら歌うよ」
「え……じゃあ、ペドロ&カプリシャスの『五番街のマリーへ』がいいな」
「それなら知ってる! 次の音楽の時間楽しみだね~」
「うん」
 ようやく、自分の本当に好きな曲を歌える。そしてその歌を楽しみにしてくれる女の子がいる。こんなに幸せなことはない。

 最後の「自由歌唱」の授業が始まった。
 まずは、平田さんの出番である。歌う前に少しだけ私の方を見てから、約束通り『五番街のマリーへ』をエモーショナルに歌う平田さん。自分の好きな曲を他人に歌ってもらえることが、こんなに嬉しいだなんて知らなかった。平田さんが歌い終えた後、クラスのみんながいつも通りの微妙な反応を見せる中、私はいつもより大きめの拍手を彼女に送った。
 さあ、そろそろ私の順番だ。約束を守ってくれた平田さんの気持ちに応えるためにも、何より自分のために『メモリーグラス』を歌い切ってみせる。クラスのみんなにどれだけシラケた反応をされても知るものか。歌え! 歌うのだ! 俺は歌謡曲を歌うぞ!
 自らに気合いを入れた瞬間、私の前に座っている学校一極悪なヤンキーが私の方を振りむいた。
「あのさ、お前、一年生の時のクラスの出し物で氷室京介のモノマネしてたやんか。あれ、めっちゃ面白かったから、今日歌ってよ。『KISS ME』歌ってや。ええな? 歌わんかったら殺すぞ」
 どうして、ヤンキーという生き物は最悪のタイミングで他人の人生に絡んでくるのだろうか。歌謡曲仲間との約束を守るか、不良のリクエストに応えるか。私はどっちを選ぶべきなのか。
 みんなの前に歩み出た私は、ヤンキーの方を一瞥した後、平田さんの顔を見る。彼女もこちらを見つめていた。私は大きく深呼吸してから歌い出した。
「KISS ME……」
 私の氷室京介のモノマネは、ヤンキーの見立て通りバカ受けだった。そのおかげで、ちょっとしたクラスの人気者になり、ヤンキーと仲が良いという最強のステータスも手に入れたのだが、その裏で、私は一人の少女の心を傷つけてしまった。
 いつか謝ろうと思っているうちに、夏休みが終わり、二学期の退屈な音楽の授業が始まった。秋が過ぎ、冬を越え、私は平田さんに何の謝罪もできないまま卒業の日を迎えてしまった。今の私のやるせない気持ちを詩に書いて曲にすれば、とても素敵な歌謡曲になるんじゃないか。卒業式の日、私はそんなバカなことを考えていた。

 二〇〇〇年、二十世紀最後の年を記念して、中学校の同窓会が開かれた。あまり乗り気ではなかったが、私もその会に参加した。もちろん、平田さんに一目会って謝罪をしたかったからだ。
 しかし、私の目の前に現れた平田さんは、ド金髪のショートカットのギャルにその姿を変えていた。歌謡曲好きのツインテールが似合う田舎娘の面影はどこにもない。狐につままれたような気持ちの私は、結局一次会の席で声をかけることができなかった。
 そして同窓会一行は、二次会のカラオケへと雪崩れ込む。一次会で謝罪を済ませて、二次会は不参加のつもりだったが、予定を変更して私も二次会の会場へ。遠目からチラチラ平田さんの様子を窺ってみる。向こうは私のことなど少しも気に留めていない様子だ。
「じゃあ時計回りで曲入れていこう~!」
 幹事の言葉に従ってカラオケは始まった。
 自分の順番が回ってきた私はひとつの賭けに出た。そう、『メモリーグラス』を歌うのだ。あの日歌えなかった歌を今こそ歌ってみせる。それが平田さんへの何よりの謝罪になると思った。覚悟を決めて曲番号を送信。もう氷室京介は歌わない。大盛り上がりの場の雰囲気をまったく無視した前奏が流れた後、私は歌った。あの日の『メモリーグラス』を。平田さんのためだけに。
 歌い終わった後「ちょっと、空気読めよ~」「みんなが知ってる曲頼むよ!」と、参加者からは非難囂々だったが、そんな言葉は気にならない。大事なのは平田さんの様子だけだ。
 チラリと彼女の方を盗み見ると、一瞬お互いの目が合った。彼女にだけは、私の歌が伝わったかもしれない。そんな都合の良いことを思っているうちに、平田さんが曲を入れる順番がやってきた。胸が高鳴る。もしかしたら、私の気持ちに応えて、平田さんも歌謡曲を歌ってくれるのではないか。
 画面に表示される次曲予約の部分を凝視して、私はその時を待った。
「次曲予約完了 LOVEマシーン モーニング娘。」
 画面にはそう表示されていた。確かにそう書かれていた。
 みんなと一緒に振り付きで気持ち良さそうに『LOVEマシーン』を歌っている平田さんの顔を見る。歌う曲が歌謡曲からモーニング娘。の曲に替わっても、彼女の歌う姿は相変わらず可愛かった。
 そして今、はっきりとわかった。
 平田麻沙子さん、私はあなたのことと、あなたの歌声が本当に好きでした。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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