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爪切男「クラスメイトの女子、全員好きでした」

私だけの歌姫はクラスで一番地味な女の子

 そんな「自由歌唱」の授業で、ひときわ異彩を放つ女生徒が現れた。彼女の名は平田麻沙子。編み込みのツインテールがよく似合う、クラスで一番背が高い女の子だ。失礼な言い方になるが、身長が高いこと以外には特徴がない、学校では目立たぬ女の子だった。中学三年生で初めて同じクラスになったが、まだ言葉を交わしたことはない。
 ほとんどの生徒が平田さんの歌う曲に興味を示していない中、のっぽで地味な女の子が、ちあきなおみの『喝采』を力強い伸びやかな声で歌い出した。突如ぶち込まれた歌謡曲にクラスの雰囲気は一瞬どよめいたが、すぐに波を打ったように静かになった。自分がよく知らない歌への反応なんてそんなものだ。しかし、私の目は『喝采』を歌う女の子に釘付けになったままだった。

 三歳で母親に捨てられ、仕事で家を空けがちな父親とはふれあう時間をまったく取れずに大きくなった私。そんな私を親代わりに育ててくれたのは心優しい祖父母だった。
 毎晩、三人で一緒にTVを見ているときが一日で一番幸せを感じるひとときだった。祖父母とよく見ていた番組は『NHK歌謡コンサート』や『演歌の花道』といった大人向けの歌番組が多かった。子供の私には、演歌の良さは分からなかったが、歌謡曲、とくに女性が歌う歌謡曲は大好きだった。きっと女性歌手に自分の母親の姿を重ねていたのだろう。
 TVに映る歌手を真似て、私が歌謡曲を歌うと、祖父母は「うまいうまい」と手を叩いて喜んでくれた。二人の笑顔を見られることが嬉しくて、私は毎晩のように自分の歌謡曲リサイタルを開催した。そのレパートリーは百曲はくだらなかったと思う。
 中学生になってからは、気恥ずかしさもあり、家族の前で歌うことはなくなったが、歌謡曲を愛する心を忘れたことはない。平田さんの歌を聴いているうちに、私は大好きな歌謡曲を歌いたいという衝動に駆られた。
 しかし、私が選んだ曲は、米米CLUBの『君がいるだけで』だった。歌謡曲を歌うことで変な注目を集めるのを避け、安全策であるJ-POPに逃げたのだ。中学校という場所は、何気ないことがきっかけでいじめの対象にされる怖い世界だ。歌謡曲への愛よりも身の安全の方が大事である。

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爪切男

つめ・きりお●作家。東京都中野区在住。2018年1月、『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。現在、週刊SPA!にて勤労エッセイ『働きアリに花束を』を連載中。2019年11月末に扶桑社より文庫版『死にたい夜にかぎって』発売予定。また、中央公論新社BOCにて好評を博した『男じゃない女じゃない仏じゃない』も来年書籍化予定。トークショー、物言わぬ変人役でのドラマ出演、サウナコンテストの審査員など、作家以外の活動も多種にわたって迷走中。

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