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高齢者と介護職員、そしてアーティスト。交わることで生まれた「ケア」の可能性@クロスプレイ東松山【後編】

地域のアートセンターのような福祉施設を目指して

インタビューを終え、デイサービスが行われている日常風景の中にお邪魔した。そこではお年寄りが歌やぬり絵を楽しみ、奥の和室では緩やかにリハビリ体操が行われ、反対側の通路から入浴を終えた90代の女性が、ドライヤーで髪を乾かしてもらうためにやってきた。
介護職員はある程度ゆとりをもって配置され、穏やかに、なおかつ実はてきぱきと、同時に複数のことを考えながらマルチに働いている。アーティストたちがこの中で過ごし、作品を生み出した風景でもある。

デイサービスでの機能訓練の様子 撮影/筆者
デイサービスでの機能訓練の様子 撮影/筆者

美術館や劇場には大概作品を観たい人がやってくるが、福祉施設ではアートを必要としていない人の方が多い。それでもアーティストが入ることによって普段とは違った景色、違った時間が生まれることがある。
「アートが人を傷つけることもあることには自覚的に、職員とも丁寧にやり取りしながら、今後もいろいろなアーティストと出会っていきたい。ケアの現場や生活の中にアートが存在できるか、これがクロスプレイ東松山が実験的に取り組んでいることです」と語る武田さん。
長期的には、地域にあるさまざまな文化・福祉・教育施設などと連携しながら、福祉と文化が共存する「小さなアートセンター」のような場所になることを目指している。

地域連携の例としては、2023年にアソシエイトアーティストとして参加した文化活動家・音楽家のアサダワタルさんが残したものは大きい。
アサダさんは楽らくのテーマソング2曲を制作。滞在制作で収集し経験したことから歌詞を生み出したため、利用者たちに「これは自分たちの歌だ」と受け入れられ、今もデイサービスで歌い継がれている。

その1曲「また明日も楽らくで」はミュージックビデオを制作し、近くの小学校生徒にも授業の一環として撮影に参加してもらった。歌は、楽らく前にある時計塔で、登校時間に合わせて毎朝時報のように流れている。これを機にその後も小学校と楽らくの交流が続いているのだ。

アサダワタル作詞・作曲「また明日も楽らくで」ミュージックビデオ。利用者が歌詞を一文字ずつ書道で書いた。撮影/加藤甫
アサダワタル作詞・作曲「また明日も楽らくで」ミュージックビデオ。利用者が歌詞を一文字ずつ書道で書いた。撮影/加藤甫
レコーディング風景。写真右はアサダワタルさん 撮影/加藤甫
レコーディング風景。写真右はアサダワタルさん 撮影/加藤甫

ちなみに筆者の母は、6年前に一度、地元のデイサービスに見学に行ったきり。今さら新しいことはしたくない、入浴で他人の前で裸になりたくないなど、複数の理由で利用を拒んだ。

趣味もなく、家から外に出ようとしない母は、自ずと他者との接触がほとんどなくなり、認知機能の低下も目立ってきた。東松山に住んでいたら楽らくに行ってもらたいところだ。既存の制度から外れたスナフキンのようなアーティストと話でもできたら気が楽になるのかもしれないなと、今回の取材を通じて思った。

公募アーティスト、<ruby>桂融<rt>けいゆう</rt></ruby>さんが施設の柱に残した飾り。寄りかかる利用者もいる。 撮影/筆者
公募アーティスト、桂融けいゆうさんが施設の柱に残した飾り。寄りかかる利用者もいる。 撮影/筆者

ケアする人とケアされる人、それは時に逆転もする。その間に起こる見えないものを発見し、形にして表現できるのは、やはりアーティストの力ではないだろうか。

老いは誰にもやってきて、ケアする人もいつかケアされる人にもなる。「老いや死というものに向き合うのは難しいけれど、アートを通して一旦想像する時間が取れると、自然と溢れてくる感情がある」と話す武田さん。
限られた条件の中でも何かを生み出そうとするアーティストの姿は励みになる。アーティストとの交流が生み出す好奇心は、生きる杖になるかもしれない。明日には忘れてしまうお年寄りもいるかもしれないけれど、老いの時間を慈しむケアの現場だからこそ、何かを生み育むアートの生命力が必要なのだろう。

次回連載第7回目は6月13日公開予定です

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白坂由里

しらさか・ゆり●アートライター。『WEEKLYぴあ』編集部を経て、1997年に独立。美術を体験する鑑賞者の変化に関心があり、主に美術館の教育普及、地域やケアにまつわるアートプロジェクトなどを取材。現在、仕事とアートには全く関心のない母親の介護とのはざまで奮闘する日々を送る。介護を通して得た経験や、ケアをする側の視点、気持ちを交えながら本連載を執筆。

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