2019.5.12
「色即是空」をギャルで説明してみたら、あらゆる存在が「SHIBUYA109」になった
第三章:ギャルとの問答
SHIBUYA109前で、哲学的問答が繰り広げられていた。稀有な日曜日の午後だった。
「だいたい、オネエさん自身が『私はギャルと呼ばれている』と言うんだったら、その『ギャル』は一体なんなのさ!オネエさんの身なりは、ギャルそのものじゃん」
ギャルは首を横に振った。
「いやいや、ギャルという実体は存在しないから。マジウケんだけど」
「だってオネエさんは、エクステつけて、ネイルつけて、派手な肩出しニットを着てるじゃん!」
「エクステとネイルと肩出しニットも、ギャルそのものじゃないじゃん」
ああ言えばこう言う。本当にメンディーなギャルだった。
しかし、ここで逃げれば負けたような気にもなる。
「エクステ、ネイル、肩出しニット、カラコン、アイライン、つけまつげ!BACKSのショップ袋も持ってるし!あと、香水もドルガバでしょ!どう見てもギャルじゃんか!」
「エクステ、ネイル、肩出しニット、カラコン、アイライン、つけまつげ、BACKSのショップ袋、ドルガバの香水も、ギャルそのものじゃないじゃん」
真昼間に何をしているのだろう。
自分から絡みにいったはずなのに、事態は完全に「僕が特殊なギャルに絡まれる」という様相を呈していた。
「オネエさんはギャルの定義の話をしているの? だとしたら、そんな話は別にどうでもいい! 僕はただ君とお茶したいだけなんだ! 君、名前は?」
「『まりぽよ』だよ〜」
ギャルギャルしい名前だった。
たしかにギャルというのは、定義も持たないふわっとした概念だ。
そうした「記号」で相手を認識してしまったことは、自分でも恥ずべき行為である。
ならば、目の前の「まりぽよ」という個人と向き合えばいいだけのこと。
「君をギャルだって言ってしまったのは申し訳なかった。まりぽよちゃん、僕とお茶しよう!ギャルは実在しないけど、まりぽよは実在するっしょ!」
「『まりぽよ』も呼称・記号・通念で、それに対応する実体は存在しないんだけど〜」
ヤバい。ジリジリと相手の「間合い」に入っている感覚があった。
「ギャル」も「まりぽよ」も実在しないというのだ。意味がわからない。
「何言ってんの? 君はまりぽよなんだろ? そこにまりぽよの身体があるじゃないか!」
「『身体』って、エクステ・マスカラ・巻き髪・ネイル・歯・皮膚・肉・筋・骨・骨髄・腎臓・心臓・肝臓・肋膜・脾臓・肺臓・大腸・小腸・糞便・胆汁・粘液・膿汁・血液・汗・脂肪・涙・漿液・唾液・鼻汁・小便・脳髄を集めたもののこと? それは、まりぽよじゃないよ。ましてや、ギャルでもないし〜」
一体僕は何と話しているのだろうか。ギャルの口から発された「胆汁」ほど意味不明なものはない。
泣きたい。得体の知れない「何か」が目の前にいたのだ。
やけになった僕は完全に折れてしまった。
「もう君の言ってることは無茶苦茶だから。ギャルもまりぽよも存在しないって、意味がわからない」
ギャルは口を開く。
「じゃあ、ウチが着ている、one spoの肩出しニット。このニットの毛糸を全部ほどいてみよっか?」
第四章:ニットの喩え
ニットの毛糸をすべてほどく……? 何をいきなり……!?
なぜか少しドキドキしていた。
そんな僕の浮ついた気心に一ミリも気にかけず、ギャルは質問を続ける。
「このone spoのニットは毛糸とレースでできてんだけど、全部ほどいたら、この毛糸はニットなのかな〜?」
「いや、ニットじゃない」
「じゃあ、レースがニット?」
「いや、ニットじゃない」
「だったら、毛糸とレースを寄せ集めたものがニットなの?」
「いや、う〜ん、そういうわけでもない。」
「あげみざわなんだけど〜! ニットを成立させてたものは全部あんのに、ニットの形をしていないだけで、お兄さんはその構成物をニットと認識しないの〜?」
繰り出されていくギャル語と組み合わせられた哲学的な問い。頭が痛い。
「いや、ニットってなんていうか、毛糸とかを使って、こう、『ニット的に』編んだもので……」
「ニットって何かをきいてるのに、『ニット的』って、マジウケる(笑) カニ食いながら『カニ的な味がする〜』って言ってるギャルと一緒じゃん」
「ああもう!『ニット』ってのは、そういう毛糸とかレースが組み合わさったニット的な『状態』つーか、なんていうか…」
ギャルは初めて「わが意得たり」とでも言うように、ニヤリと笑った。
僕はその時ギャルの身体が光に包まれていることに気づいた。