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佐藤誠二朗「グリズリー世代のバック・トゥ・ザ・ストリート」
グリズリー……それは北アメリカ北部に生息する大きな灰色のヒグマの名であると同時に、白髪交じりの頭を形容するスラング。頭にちらほら白いものが目立ち始める40~50代を、アラフォー、アラフィフといってしまえば簡単だけど、いくつになってもオシャレと音楽が大好きで遊び心を忘れない彼らを「グリズリー世代」と名付けよう――
そんな思いを胸に、自身もグリズリー世代真っ只中の著者がおくる、大人の男のためのファッション&カルチャーコラム。

ラフィンノーズからココ・シャネルへ〜ボーダーシャツに秘められた、実は深い歴史の話

横じま=ボーダー柄のシャツは、春から初夏のストリートスタイルには欠かせない定番中の定番。グリズリー世代にもハマりやすいアイテムだ。
メンズストリートファッションというちょっと偏った観点であることはお断りしておくが、ボーダーシャツの歴史をさかのぼってみる。

僕が最初にボーダーシャツをかっこいいと思ったのは、高校時代に好きだったパンクバンド、ラフィンノーズのボーカルのチャーミーがよく着ていたからだった。

チャーミーのようなパンクスが意識していたのはおそらく、ニューヨークの伝説的バンド、ラモーンズのスタイルだ。タイトなボーダーシャツの上にダブルのライダースを合わせたラモーンズの影響で、ボーダーシャツは1970年代以降、ロックファッションのひとつとして認識された。

だが実は、ダブルライダースとボーダーシャツを合わせるスタイルの先駆者は、1960年代にアート界を引っかき回しながら一世を風靡したポップアートの巨匠、アンディ・ウォーホルだった。当時のロックスターやセレブは、こぞってウォーホルスタイルを真似していたという。

ピカソからココ・シャネルへとたどり着く、ストリート・ボーダースタイル

そしてアンディ・ウォーホルのボーダーシャツスタイルも、ある先達の影響を受けている。それは20世紀最大の芸術家、パブロ・ピカソ。
アンディ・ウォーホルを含む多くのアーティストがボーダーシャツを好んだのは、20世紀初頭から中頃にかけて旺盛な創作活動をしていた天才・ピカソの影響と考えられている。

では、ピカソはなぜボーダーシャツを好んだのか。
ボーダーシャツの代表格である、ボートネックのバスクシャツは、スペインとフランスにまたがるバスク地方の漁師が16世紀から着ていたシャツが原型になっている。パリで活動していたスペイン出身のピカソは、バスクシャツに郷愁を覚えていたのかもしれないし、当時の最先端トレンドの影響も受けていたのかもしれない。

1930〜40年代、ボーダーシャツは流行していた。アメリカ人セレブの間で、バスクシャツにエスパドリーユを合わせるマリンリゾートスタイルが広まっていたのだ。

このブームの端緒は、1910年にココ・シャネルがバスク地方で見かけた水兵のボーダーシャツを気に入り、みずからのコレクションに加えたことだという。

ボーダーシャツのことを考えていたら、ラフィンノーズからシャネルにたどり着いてしまった。
ファッションとは面白きものよのう。

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佐藤誠二朗

さとう・せいじろう●児童書出版社を経て宝島社へ入社。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わる。2000~2009年は「smart」編集長。2010年に独立し、フリーの編集者、ライターとしてファッション、カルチャーから健康、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動を行う。初の書き下ろし著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』はメンズストリートスタイルへのこだわりと愛が溢れる力作で、業界を問わず話題を呼び、ロングセラーに。他『糖質制限の真実』『ビジネス着こなしの教科書』『ベストドレッサー・スタイルブック』『STUSSY2017 FALL/HOLIDAY COLLECTION』『DROPtokyo 2007-2017』『ボンちゃんがいく☆』など、編集・著作物多数。

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