2026.5.14
「何かに動かされている」という感覚が、占いと心理学には共通している【 新刊『昼間のスターゲイザー』試し読み】
「星がさせてる」状態
鏡 「コンプレックス」を、僕は当時、自分の中にあっても自分からは半ば独立した人格たちというイメージで理解したんです。この本には多重人格の症例やドッペルゲンガー(二重身)の話も出てくる。昔なら狐憑きと解釈されたようなものですね。
ユングの精神科医としての最初の論文も、「心霊現象の心理と病理」(*1)という、オカルト現象の背後にある無意識や心理的なメカニズムを探るものでした。憑依してくる霊とか多重人格って、自分の心の一部ではあるけれど、自分ではないような動きをする部分だという。
東畑 コンプレックスって、現代日本だと「劣等感」のことを指す言葉になっていますが、それはアドラーの使い方なんです。本来、ユングが考えたときには「心の中のかたまり」という意味でした。
心の中にいくつかのかたまりがある。僕の中にも、今対談をしている「僕」というかたまりがあるし(これを自我コンプレックスといいます)、他にも臨床家としての自分もいますし、嫉妬深くて他人を羨んでばかりの僕もいるかもしれない。色々なキャラ=人格がいると言ってもいい。誰しもそうだと思います。自分の中に傷ついているかたまりがある。たとえば、容姿のことに触れられると途端に動揺して、いつもと違う調子になったりするかもしれない。自分の中には複数のプレーヤーがいる。これらをユングはコンプレックス(*2)と呼んだわけです。
鏡 「コンプレックス」って字義的には「複雑な絡み合い」。今風に言えば「こじらせ」でもいいんじゃないかな。一方で古い時代から自分の中にあって自分ではないような、独立した心の動きのかたまりがあるという体感は普遍的にあったわけで、これを心理学ではコンプレックスと呼んだんでしょうかね。「腹の虫」でもいいんだろうけど(笑)。占星術ではそれをより詩的に「内なる星」なんて言いますね。
東畑 コンプレックスとは、星のうごめき。
鏡 星だったり、霊だったり。要するに自分と深く関わっている外部性を持った自律的な心の動きですね。
東畑 それでいくと、フロイトも星の内面化を語っていたと言えるかもしれない。彼は心を「自我」と「エス」と「超自我」の三つでできているものだと考えています。自我とは「私」のこと、エス(es)はドイツ語で「it」、「それ」という意味です。
フロイトの図式だと、たとえば症状というものを「『私』の中の『それ』がやっている」と言ったりするわけです。つまり「私の中の私じゃないもの」「私じゃない私が、私を駆動している」みたいな考え方ですね。
このことと、シャーマンが呼び出した霊によって喋り出すとか、星の力が自分に働きかけるとかって、現象としては一緒だと思うんですね。「無意識のせいだ」と言えば心理学になり、「星のせいだ」と言えば占いやスピリチュアリティになっていく。すると、無意識とは心の中の暗闇であり、心の夜空だとも言えます。
鏡 自分を動かしている何者かの存在は、日常的な表現の中にいくらでもありますね。
「気に入らない」とか、「腹の虫がおさまらない」とか。「脳内ホルモンが」なんて科学のラベリングで言うこともあるけど、それですら内なる他者です。
東畑 「動かされる」というのは本質だと思います。ここには人間の弱さについての認識があります。たとえば、哲学にせよ、経済学にせよ、多くの学問は、「私」の中の強くて冷静な部分がどう動いているかを考えてきたと思うんですね。合理的に情報処理をして、吟味して、選択する。賢い消費者ですね。
元気で、自立している個人が、どのように世界と向き合い、社会を構築していくかを考えてきたのが近代の学問ですね。でも、臨床心理学は基本的に自分の中の脆弱な部分を中心にものを考える。晴れの日ではなく、雨の日。あるいは自分の足で立っている人の視界ではなく、病気で臥せっている人の視界。そういう世界を考えるときに、腹の虫とか胸騒ぎとか星の導きということを考えたくなると思うんです。ヴァルネラブル(傷つきやすい、脆弱な)なものが自分を動かしている、という感覚です。
心理学と占いに共通するもの
東畑 「何かに動かされている」という感覚が、占いと心理学には共通しているという話をしてきました。これが核心ですね。だから、僕と鏡さんは話が合った。いや、それだけじゃない。もう一つの占いと心理学の共通点は、苦しんでいる人や不安な人が助けを求める対象であるという部分です。小さな本屋で同じ棚に置かれているのはそれが理由です。
ですから、僕は占い師も宗教者も心理士も親戚だという立場です。これは僕の動かしが たい出発点で、すべての本や論文の前提となっている認識となります。なぜなら、それが医療人類学の視野で、そうすることでカウンセリングとか心理療法を相対化し、より深く理解できると思うからです。
心理士の中にはもしかしたら「俺たちは科学的だから、占いとは全然違う」と考える人もいるかもしれないんだけど、僕はやっぱり人間というのはそんなにシンプルなものじゃないと思うわけです。人間たちは理性だけで生きていない。占いと心理学は見ている対象は重なっているし、人が苦しい時期に付き合う仕事であることも一緒なので、そこには絶対に共有されているものがある。差異を言い立てるには教科書をなぞればいいけど、共通点を考えるほうが知的な作業だと思うんです。
そういう意味で、僕は臨床心理学の中で極左ですね(笑)。世界市民的臨床心理士です。
鏡さんも占い界の最左派なんじゃないですか?
鏡 僕は英国の「心理占星術」にハマって積極的に紹介してきましたからね。
リズ・グリーンという、正規のユング派分析家で占星術家がいます。欧米でもっとも著名な心理占星術家で、『占星学』(岡本翔子、鏡リュウジ訳、青土社、一九九四年 『新・新版 占星学』二〇一九年)と『サターン 土星の心理占星学 新装版』(鏡リュウジ訳、青土社、二〇一八年)という本がかなり売れました。二〇世紀初頭から、占星術はユング心理学にかなり接近していきました。このユング心理学を援用して占星術を深めるのにもっとも貢献した人物がグリーンです。占星術を「この人は結婚できない」のような予言に力点を置くものから、深く心の動きを語るためのツールへと変容させたんですね。一〇代の頃から僕はすごく影響を受けました。
もっとも、最近のグリーンは実践からアカデミックな研究に軸足を移していますが。ユング心理学の成立にその時代の占星術がどう関わったかを研究した『占星術とユング心理学』(鏡リュウジ監訳、上原ゆうこ訳、原書房、二〇一九年)『『赤の書』と占星術』(鏡リュウジ監訳、片桐晶訳、原書房、二〇二二年)などはその成果です。
一方で「占星術を心理学に還元するな」と言う人もいるんですよ。ある思想史家が真っ当な占星術の歴史の本を翻訳したとき、あとがきに「現代においては、占星術をユング心理学に結び付けて科学に見せようとする人がいるけれども、それは猿がいつまでたっても人間になれないのと同じような無駄」とわざわざ書いておられたことがありました。たしかに、占星術は科学ではないんだけど。
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*1 カール・グスタフ・ユング『心霊現象の心理と病理』(宇野昌人、岩堀武司、山本淳訳、法政大学出版局、一九八二年)
*2 ユングが提唱した心理学の概念。無意識内の観念や記憶の集合体を指す。観念複合体、あるいは心的複合体などと訳される。
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●心理学と占いに共通するもの
●昼間の星を見ようとすること
●人生には占いの時間も流れている
●占いの分類と夢を見ることの意味
●弱い宿命論と勇気の占星術
●象徴に対する信頼
●救世主か、詐欺師か? ……など
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