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初エッセイ『優しい地獄』が話題沸騰! なぜイリナ・グリゴレさんは日本で獅子舞の研究をするのか?

初エッセイ『優しい地獄』が話題沸騰! なぜイリナ・グリゴレさんは日本で獅子舞の研究をするのか?

獅子舞が時空を超えて自分と重なった

──日本に興味を持ったのは、川端康成の『雪国』がきっかけだったとエッセイに書かれていますが、獅子舞に興味を持たれたのはなぜですか。

イリナ ルーマニアにも獅子舞のような仮面をかぶるお祭りがあるんですよ。私も子供の時に毎年見ました。獅子舞を舞う人たちも子供の時にどこかで見たからやるようになったとよく聞きます。見ることから始まるのです。これを御存じですか(写真集を持ってくる)。

──シャルル・フレジェの『WILDER MANN (ワイルドマン) 』(青幻舎)ですね。持っています。シャルル・フレジェには一度インタビューしたことがあるんです。フランスのポートレートをライフワークにしている写真家ですね。この写真集はヨーロッパ各地の仮装祭に登場する獣人たちのポートレートで、たしかに獅子舞に似たものがありました。キリスト教よりも古い信仰に関わるキャラクターなんですよね。

イリナ ルーマニアの獣人も載っているんですよ。私も同じものを子供の時にお祭りで見ていました。クリスマス・キャロルを歌うのとかと一緒で、こういうキャラクターを目にしていたんです。私の子供の頃には、まだそういう儀礼が残っていました。日本で獅子舞やお祭りを見た時に、遠く離れた日本にルーマニアで私が見たものと同じようなものがあるのがとても不思議でした。
 日本に興味を持ったのは、最初はやっぱりエキゾチックなアジアとしてでした。でも獅子舞に出合った時に時空を超えて、子供の時の神話的な空間と重なったんです。日本にはまだこういう世界があるんだと。調べてみると、日本の南から北までどこに行ってもあるんですよね。

──そうですよね。シャルル・フレジェは日本全国の仮面神や来訪神のポートレートも撮影していて『YOKAI NO SHIMA 』(青幻舎)にまとめています。『WILDER MANN (ワイルドマン) 』と比較すると面白いですよね。

イリナ 東京にいた時、大学がある駒場に近い場所に住もうと思って、世田谷の梅丘にしました。近くに神社があって、祭りの時に通ったら、おみこしはもちろん、獅子舞もあってしばらくの間、世田谷区でも調査をしました。私、どこへ行っても獅子舞との出合いがあるんですよ。獅子舞を見ることは、自分の中の何かが再確認できるような、自分がかつていた時空間に入れるような、神話的な空間に入るような感覚を覚えます。それも毎回。
 いま、私の二人の娘が獅子舞を習っているので、いつも練習について行っています。大人たちはみんな「獅子舞がなくなる、なくなる」って言うんですけど、私はなくならないと思いますね。人間には面をかぶって、違うものになるという感覚がまだ必要だから。

おなかの中で肉パーティー!?

──いま娘さんたちの話が出てきましたけど、エッセイの中に出てくる娘さんの言葉がすごく面白い。タイトルの『優しい地獄』も、娘さんが5歳の時に「好きなものを買えるし好きなものも食べられる」いまの暮らし(=資本主義社会)を「優しい地獄」と表現したことから。死んだ金魚を「はじめて死んだ」と言ったり、「(大きくなったら)ママを産む」とか。それも獅子舞の時空を超えるという感覚とつながっているように感じます。

イリナ つながっていますね。自分の経験と想像が一続きになっているんです。私は「妄想の人類学」という本をいつか書きたいと思っているんですよ。
 本の中で子供の話を書いたのも意図的です。グレゴリー・ベイトソンという人類学者が大好きなんですが、ベイトソンが『精神の生態学』の中で、子供の頃の娘との対話を載せているんです。それがとても面白い。それで、自分なりのオマージュで入れました。
『精神の生態学』という本は、最初に読んだ時にすごいインパクトがありました。とくに「メタローグ」という概念ですね。人類学者は対象と対話(ダイアローグ)することなく、独白(モノローグ)ばかりやっているんじゃないかという問題提起があって、ダイアローグを超えたメタローグであるべきだと。メタローグは相手と関係を結ぶ中で、相互に影響を受け合いながら、話す内容を深めていくような対話のことで、ベイトソンと娘の対話がそうなんですよね。
 子供たちと話していると、いつも言葉が面白くて想像をかき立てられるんです。この前も、娘たちが二人で「お母さんのおなかの中で肉パーティーをやったよね」という話をしていて。

──えっ!? お母さんのおなかの中にいる時、姉妹で肉を食べるパーティーをしていたってことですか?(笑)

イリナ そうです(笑)。私のおなかの中にいた時、私の肉を食べていたということを覚えているらしくて。それも妹と一緒に肉パーティーをやっていた。でも、自分はもう外に出る時期になったからおなかから追い出されたんだ、と。

──妹さんは何と?

イリナ 妹も「いた」と言っていました。「えー、いたの!?」(笑)。二人はお互い、おなかの中にいる時から存在を意識していたと言っていて、本当に不思議。いま、長女は小学校一年生なんですが、まだそういう感じのことを言いますね。子供にとって何がリアルで何が想像なのか。夢とかも全部混ざっているその感覚。それって私が一番戻りたい場所というか、わかるなと思う感覚なんです。

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タカザワケンジ

たかざわ・けんじ●写真評論家、ライター、書評家
1968年群馬県生まれ。雑誌、Webに文芸書評、写真評論、作家インタビューを執筆するほか、文庫解説を手がける。『Study of PHOTO 』日本語版監修。金村修との共著に『挑発する写真史』がある。東京造形大学、 東京綜合写真専門学校、東京ビジュアルアーツほかで非常勤講師。

公式ツイッター@kenkenT

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