2021.7.30
隙間から入り込もうとするもの
次の日、布きれはもう四階へと上がっていた。
寒気を覚えた。まるで意思をもって、少しずつ壁をにじり登っているようだ。
うちと空き地の間には路地があり、多少は通行人も行きかっている。でも誰一人として、あの奇妙な布を気にする素振りすら見せない。
あるいは空き地に入っていって、すぐ下から見上げれば、布の正体もわかるかもしれないが……とても、そんな勇気はない。
その次の日は、なるべくマンションを見ないようにして過ごした。
しかし夕方頃、どうしても気になってしまい、窓からおずおず外をうかがってみた。
あれ、と思った。
案の定というか、布は五階へと移動している。
それとは別に、いつも閉まっているはずの裏手の窓が一つ、わずかに開いているのだ。しかも五階の、布きれにほど近い窓が。
それは一瞬の出来事だった。
布がわずかに震えたかと思うと、突然、しゅっと窓の隙間に入り込んでしまった。
慌てて目をこらし、マンションの方をにらみつけた。だが後はもう、なんの変哲もない外壁が、ただ静かに夕陽に照らされているだけ。
その日の深夜。
遠くから近づいてきたサイレンの音が、うちの前でぴたりと止まった。外をのぞくと、消防車が二台、救急車が一台、回転灯を光らせながら空き地横に停車している。
──503号室で……が……の模様……
あの布きれがすべりこんだ窓と思われる部屋番号が、隊員の声から聞き取れた。
その後すぐ、空き地には新しいビルが建った。
だからもう、マンション裏手の壁はすっかり見えなくなっている。
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