2026.6.21
原理主義と快楽主義の狭間でカレーを考える【稲田俊輔×清水侑季 カレー対談】
おやきとインドカレーの共通点
稲田 『教養としてのカレー』で興味深かったのが、ボイルドオニオングレイヴィ(カレーの土台となるソースで、茹でてペースト状にした玉ねぎをミキサーで粉砕し、香味野菜やスパイスを合わせたもの)の感想のところでした。
まさに僕もいまカレーをテーマにした本を書いていて、ボイルドオニオングレイヴィに触れているのですが、僕は「玉ねぎ臭くて美味しくない」と評していて、清水さんは「これはこれで単体でも美味しい」と記されていたんです。似通ったレシピで作ったものを食べているはずなのに、味の感想が正反対に分かれていた。
この一節を読んだ時、2人の間でスタンスが異なる印象を受けました。清水さんの方が博愛的というか、カレーにまつわる全てを、とりあえず受け入れようとする姿勢が滲み出ているなと。こうしたスタンスも、文化人類学を土台にされているからではないでしょうか。
清水 おっしゃる通りで、文化人類学はいわゆる他者理解のようなアプローチが根本としてあるので、カレーとの向き合い方にも意識的に反映しようと思ったんです。たとえ口にした異国の料理が美味しくなくても、「日本人の自分には馴染みがないだけであり、理解できない未知の美味しさがあるに違いない」という考え方なんですね。
そもそも本場インドの食生活って、日本からしたら想像もつかないほど宗教的な制約が強いんです。ヒンドゥー教徒の間では牛肉食が忌避されることが多く、イスラム教であれば豚がタブーとされ、ジャイナ教は不殺生の戒律から厳格な菜食を求められる。
もちろん地域や階級によって、どれだけ宗教的規範を守るかは異なりますが、「食の制限が多い」地域であるのは間違いありません。何を食べたいかという欲求より、許されたものしか食べてはいけないという規範が重視されていて、食の美味しさを追求する感性は日本とは異なっていると感じられました。著書内でも、各国の宗教的価値観に言及しつつ、どのようにカレーが伝播してきたのかを紐解いていくことで、より違った角度からカレーの奥深さを伝えたかったんです。
稲田 まさに『教養としてのカレー』では、そこが目から鱗でした!
我々日本人からしたら、まだインドに唐辛子やトマトが伝播されていない時代でも、限られた食材の中でベストなカレーを目指しているのだろうなと思うはずなんです。でもそれは「日本人としての価値観の押し付けだ」とハッとさせられたんですね。もちろん美味しさを目指さないわけではないでしょうが、クオリティを追求するよりも、宗教的に許される食材の範疇で不味くないように仕上げる温度感なのだろうなと。
日本で言うと、長野県を代表する郷土食のおやきが該当すると思っているんです。ちょうどいまおやきの製造・販売を手掛ける地元企業のアンバサダーを務めて色々と調べているのですが、原点に近づけば近づくほど、主眼が美味しく食べることにあるのではなく、食べられるものが少なかった時代背景が浮かんでくる。こうしたバックグラウンドがあると、料理の見方も大分変わってきますよね。
清水 僕は長野県出身なのですが、長野県は人間が住める平地面積が全体の20%程度しかないんです。山ばかりの田舎で耕作技術も低かったため、蕎麦やイナゴを食べる風習が根付いていた。そうした地理的な制約から誕生したのがおやきだったのではないでしょうか。
稲田 もちろんある時代からおやきを美味しくするための改良が始まるわけですが、そうなると当然ルーツのままならではの良さを重視する「原理主義者」と、わかりやすく説得力のある美味しさを求める「快楽主義者」の派閥が生まれるわけです。外からの目線で見ると、どうしても最新版おやきの方が美味しいと感じるのですが、原理主義派からしたら邪道だと言うわけです。
個人的には「正しい正しくない論争」が行われているのは、とても豊かな兆候だと思っているので、お互いが共存しているのがベストだと思うんですよね。そういう意味で言えば、カレーは派閥や流派が一番複雑で、かつ広範囲な料理だと思います。

東京と大阪のカレーシーンの違い
清水 それでいうと、東京はカレー屋の層が厚いと感じますね。『新宿中村屋』や『ナイルレストラン』のような超老舗店や、本格的なインド料理店も数多く残っている一方で、新規参入のカレーマニアのような人が出店しているケースも散見される。外国人が多く集まってきた歴史や土地柄もあるでしょうが、新旧のカレー屋が共存している印象です。
稲田 東京の特徴的なところは、いわゆる「インドカリー」と表記されているような、創業50年近く経つ長寿店が各所に残っているところなんです。これが地方に行くと、そうした個人店がどんどん失われている感覚があるんですよね。
清水 稲田さんは『東西の味』のなかで、「ラーメンの人たちは成り上がりたくて、カレーの人たちは世捨て人になりたい」とも綴られていますよね。
稲田 もちろん一概には言い切ると語弊があるのですが、傾向としては間違いなくあると思うんです(笑) 例えば店主が白髪でポニーテールのような浮世離れした雰囲気の店主って、割と商売っ気がなくて、後継も作らなければ、チェーン展開もしなさそうじゃないですか。そうした個性的なお店って、1980年代から90年代にかけてごっそり減ったイメージがあるんです。
清水 僕が東京に来たのは2016年ですが、この10年間でも、老舗のような原理主義的な価値観は徐々に薄れつつある印象です。老舗の店舗が急激に減ったというよりは、どちらかというと新規参入のマニアが増えているような気がしていて。
本場インドのカレー自体も、かなり味が変わってきていると聞きますね。これまで原理主義に即していたところから、美味しさを追求する方向性に走る動きもあるそうで、東京も連動した変化が見られるのではと推測しています。
稲田 逆に大阪は、快楽主義だった傾向から、原理主義へシフトしていると聞きます。もともと大阪は「天下の台所」と呼ばれているように、「美味しくてなんぼ」という顧客本位で発展してきたわけです。
それが2~3年ほど前から、大阪のスパイスカレーシーンのなかで、ちらほらインドに行き始めている店主が出てきているらしいんです。聞けばインドとコネクションのあるキーマンがいて、みんなその方に紹介を受けて、現地で箔をつけてくると言うんですね。つまりこれまで快楽主義で発展して、商売でも成功した先に、文化的裏付けを求め始めたのではないかという仮説を立てているんです。
こうした転向は、ある意味で、東京の変化と表裏一体ではないかと思っています。東京の場合、もともと正統派な姿勢が強かった所から、美味しさを求める感性が芽生えていった。かたや大阪は、もともと快楽主義だった傾向が、次第に本場を求めるルートにシフトしている。はたから見たら対極なんですけど、俯瞰すると同じように循環しているのが面白いなと。

カレー創作には、DIYの精神が宿っている
清水 そう考えると、絶えずカレーシーンも変容しているのではないでしょうか。ちょうどコロナ禍あたりから、これまで全然経歴が異なる人が、カレー屋を新規開業するケースをよく見ているんです。時間ができて生活スタイルも変わったことで、スパイスカレーやインド料理の個人店が、都市や地方関係なく増殖していますね。
稲田 まさに清水さんのカレーシェアハウスが、そうした個人店が誕生するハブとしての役割の一端を担っていたと思うんです。
この感覚って「DIY(Do It Yourself)」のように、ゼロから自分たちで材料や場所を確保して、ネットワークを築き上げていく感覚に近いですよね。実際に僕が体験したわけではないですが、1980年代のイギリスのハードコアパンクシーンでも、同じようなムーブメントがあったんです。メジャーのレーベルと契約せず、ミュージシャンらが自前でスタジオを持って、そこで共同生活を送りながら曲をリリースしたりライブを企画したりしていた。1970年代のパンクブームが過ぎて、「パンクは死んだ」と言われていた時代に、気概ある新世代がパンクの灯を絶やすまいと奮闘していたんです。
清水さんのカレーシェアハウスにも、似たような尊さを感じました。僕は一歩引いた外の立場でしたが、大人数でカレーを作っている光景が、疑似家族のような共同体に近い雰囲気があって眩しかったんです。
清水 たしかにカレーシーンって、音楽活動に通ずるところがあると思うんです。各々が好きなカレーに感銘を受けて、味を再現しようとのめり込んでいき、気づいたら稲田さんや僕のように提供する側に回っている。間借り店舗や週末営業から小規模で始め、メニューも気分や季節によって更新して、ファンやリピーターが増えてコミュニティが大きくなっていく。それに感化された客が、また新たに作り手に回って、絶えず循環が生まれていくのかなと。
稲田 時代的に徐々に原理主義が薄れていくなか、実はアンダーグラウンドで、清水さんのカレーシェアハウスのような場所が残っていた発見が嬉しかったんですよね。
清水 そんな自分も稲田さんから影響を受けていて、まさにそうした文化が受け継がれている証ですよね。いま稲田さんが書かれているカレーの新刊も、また新たな作り手を生み出していくのだろうなと楽しみにしております。
稲田 いま書いている本は、これからウェブ連載で小出しにしていく予定です。のんびりしたエッセイパートと、かっちりした教養パートを、章ごとに交互に組み込んでいく形になるかなと。ただ、教養パートの部分が、結構『教養としてのカレー』と重なっていたので、内心もっとはやく着手しておけばな、と思っているのですが(笑)
(2026年5月18日 集英社会議室にて)
好評発売中!

●2500年前にブッダはどんなカレーを食べた?
●麻婆豆腐はカレーなのか?
●明治初期のカレーのレシピを再現するとどんな味?
●モダン・インド料理とは何か?
●なぜ面倒くさい男はスパイスカレーを作る?……etc
南アジアの食文化と現代インド料理を研究対象とし、「カレー哲学 @philosophycurry」名義でも活動する清水氏が、歴史・地理・文化・科学など様々な角度からカレーを語りつくす。
ソニーでの勤務を経て京大大学院に進学し、インド各地でフィールドワークを重ねる、ブレイク必至のユニークな著者による、唯一無二のカレー本!
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