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老舗企業=シーラカンス? 日本で生まれた世界で一番古い会社から学ぶ身の丈に合った経営

シーラカンスのように生き残れる場所がある

「もう日本では100年では老舗と言えなくなってきたのか、創業1000年以上の企業を老舗と呼ぼうという動きもあるんですよ」

 後日、今宮神社の「あぶり餅」の件を曽根先生に話したところ、困った顔をしつつ最近の老舗企業研究にかんする動向を教えてくれました。欧米では存続100年を区切りに老舗企業と分類しているらしいのですが、日本だと100年は珍しくない数字で上場企業でも頻繁に見られます。そこで、日本の老舗企業の定義を議論していくうちに、1000年企業=老舗としようという議論が出てきたのだそうです。商工リサーチが同社のデータベースに登録されている中で、金剛組を含めて8社の1000年企業が確認されると発表していますが、「あぶり餅 一和」のように確認されていないだけで、1000年以上続く会社がもっと存在するのかもしれません。

「100年、1000年という区切りじゃなくて、どう続いているかの仕組みの方が大事だと思うのですけど。そもそも、買収や合併を経験して、もともとの実態がなくなる形で続いている会社もあるでしょうし」

 今宮神社前の参道には、創業1000年を超える「あぶり餅 一和」を筆頭に、世間一般では老舗と呼ばれる、100年企業が集積しています。なぜ、この場所に老舗企業が集まってしまったのでしょうか。一つの鍵は、安定して参拝客や観光客が訪れる今宮神社の参道が前提になっているのは間違い有りません。だったら、日本全国の古刹の前には、軒並み創業数百年の老舗企業が揃っているはずなのですが、実際にはそんなことはありません。

 曽根先生の言う「仕組み」とはどのようなものかは、改めて連載4回目でも紹介したPetersらの文献に対する疑問と併せて考えていくうちに、一つの仮説──老舗=シーラカンス説を思いつきました。

Peters, M., Frehse, J., & Buhalis, D. (2009). The importance of lifestyle entrepreneurship: A conceptual study of the tourism industry. PASOS. Revista de Turismo y Patrimonio Cultural, 7(3), 393-405.

 Petersらは「生活の質と企業の売上」の差し引きで、「生活の質」がマイナスになる前に、成長を意図的に放棄すると指摘します。ただ、現実の経営で、そんなに簡単に「成長」と「売上」の魔力から逃れられるものでしょうか? それが彼らの論文に対して私が抱いた疑問です。私もこれまで、いろいろな企業家の方にインタビューをしてきましたが、取引先や銀行、投資家との付き合いの中で、その気はなかったのに否応なく事業規模を拡大してしまい、売上が上がるのと反比例してプレッシャーから目が死んでいく様を、何度も見てきました。

 ライフスタイル企業家は「成長と売上の魔力」から逃れるために、「趣味」や「コミュニティ」内での幸せを判断基準に起業していくという考え方を提供しているわけですが、すべての人が「趣味」や「コミュニティ」を持てるわけでは有りません。

 じゃあ、「持ってない」人は、「そこそこ」起業は無理なのでしょうか? でもよく考えたら、「趣味」や「コミュニティ」の幸せを極めていくことで生きていこうという考え方は、行き過ぎると「趣味」や「コミュニティ」に「こう生きろ!」と追い詰められるという逆説を生むかもしれません。それも実は、それは「そこそこ」から最も遠いと言えます。

 そう考えると、「あぶり餅 一和」には「そこそこ起業」でうまく続けていくための、重大なヒントが有るのではないかと思います。それは何かというと、目の前の参道を通る今宮神社の参拝客だけをお客様と見定め、身の丈以上の経営はしないという考え方です。それこそ、進化ではなく変化の少ない安定した環境を求めて深海に移動することで、現代でもなお生き残っているシーラカンスのように、「あぶり餅 一和」は今宮神社の参道に適応し、そこから動かない、変わらないことで1000年の時を重ねることができたのです。

「競争しても疲弊するし、成長のための投資は倒産リスクを抱えるだけ」、「むしろ、競争の少ない環境に移動し、そこそこの努力と労働時間で生活には十分な稼ぎを目指そう」というライフスタイルは、近年、デザイナーやライター、プログラマーの方を中心に地方都市や田舎に移住起業という形で静かに増え初めています。特別に「好きなこと」や「極めた趣味」が無くても、過去の職業経験を活かして競争の少ない環境に移動してしまえば、「そこそこ起業」で気楽に生きていくことができるのです。

 そう考えると、京都のあぶり餅屋さんは、1000年の時間をかけて、今静かに広がりつつある、新しい起業スタイルの正しさを証明しているのかもしれません。

 連載第10回は12/19(月)公開予定です。

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高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

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