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老舗企業=シーラカンス? 日本で生まれた世界で一番古い会社から学ぶ身の丈に合った経営

儲けるために競争しても、ろくなことにはならない

 さて、日本は創業100年を超える老舗企業の数が、世界でトップクラスに多い国であることが知られています。株式会社制度が日本に導入されたのは明治時代以後ですので、正確にはその前身にあたる「商店」や「団体・集団」が存在し、活動していたことを一次資料で確認できる「老舗」が日本に特異的に多いということになります。

 この分野の第一人者である曽根先生は、2019年に『老舗企業の存続メカニズム』(中央経済出版社)を発表し、日本における老舗企業の存続の仕組みについて、興味深い論考を展開しています。同書では、曽根先生が全国の老舗企業を飛び回り発掘してきた豊富な一次資料を元に、老舗企業の持つ家訓や、秘伝とされる技術の継承など様々な側面から老舗企業の存続の秘訣を考察されています。同書を含む曽根先生の一連の研究でとくに注目してほしいのが「競争しても、ろくなことにはならない」という、身も蓋もない結果です。

 同書で曽根先生が分析する日本の建設業界は、創業100年を超える老舗企業が多く集まる、特異な業界です。有名なところでは、大手ゼネコン5社のうち、4社が宮大工集団を起源として100年以上の歴史を持っています。ゼネコンに限らず、地方都市の工務店などに目を向けると、その数は膨大なものになります。

 ところが、歴史を紐解いていくと、実は建築会社が大量倒産したタイミングがあるのです。それが、明治維新直後と世界恐慌のタイミングです。老舗の建築会社の多くが宮大工集団を起源としているのですが、明治維新後の廃仏毀釈で廃寺が進められたことで、多くの宮大工が職を失いました。宮大工集団は生き残りをかけて、近代建築に業種転換していき、いち早く株式会社化して国から公共事業を受託できる体制を整えた集団が、現代の大手ゼネコンへと進化しました。

 じゃあ、株式会社に進化するのが正解かというと、そうではありません。先行してゼネコン化に成功した集団を手本に株式会社化し住宅建築を手掛けた後発グループは、大正時代の世界恐慌の影響でほぼ全滅と言ってよいほどの大量倒産に見舞われました。現代の一般住宅建築を担う工務店は、第二次世界大戦後の復興期に誕生した「新興企業」になるわけです。これは見方を変えると、現代の大手ゼネコンは「お寺」から「国」に拠り所を変えることで、生き残った宮大工集団であると言えます。制度上、国と取引するには株式会社化が必要でしたが、一度仕事を受託し結果を出せば、それが前例として機能し、公共事業を半ば寡占的に受託できる環境を獲得できたのです。そして後追いで株式会社化した後発グループは、一方ではお寺というかつての「拠り所」を失い、他方では国という新たな「拠り所」に割り込もうにも、先行する大手ゼネコンに太刀打ちできず、結局は景気次第で需要の波がある一般住宅市場を後発グループで奪い合っているうちに、世界恐慌に飲まれて大量死滅してしまった訳です。

実は1000年企業が他にもある

 株式会社化して競争の中で能力を磨き上げ、売上を伸ばし企業規模を拡大していくことで、企業として成長していく。現代日本では当たり前の美徳に見える経営手法が、実は「100年を超えて生き残る力と拠り所」があるはずの宮大工集団の寿命を縮めてしまったことを、曽根先生の研究は指摘しています。

 実は、「世界最古の企業」として紹介されることの多い金剛組も、バブル期に高級住宅建設に進出し、その後の不景気で住宅需要が低下していったことで資金繰りが悪化していくなかで、90年代後半の金融不安から貸し剥がしに近い形でメインバンクから資金が引き上げられ、倒産の危機に陥りました。本当に、売上と成長を求めて競争しても、ろくな事にはなりません。

 さて、熱海での出会いから5年が過ぎた今年の初夏のことです。『婚活戦略』に関連したシンポジウムでの登壇や研究会への出席で、10日間ほど浜松から京都まで行脚しているなかで、また発見をしてしまいました。

 京都に宿泊する際は四条や河原町という中心繁華街のホテルに宿泊することが多いのですが、この日は翌日の研究会の会場にアクセスの良い、烏丸北大路の近辺に宿をとっていました。習慣となっている町並み探索と夕ごはん探しを兼ねて20分ほど歩いたところに、今宮神社がありました。

 私には残念ながら信仰心らしきものは無いのですが、大工の息子ということもあり、古い木造建築を見るのは大好きです。吸い込まれるように参道に入っていくと、江戸時代の茶屋をそのまま移設したようなひなびたお店が、「おいでやす〜」といい声で呼び込みをしています。よくある観光地のお土産物屋さんかと思ったら、軒先で何かを串に刺して、炭火で炙っています。

 良い匂いがするので、たまらず近寄ってみると、親指大にちぎった餅を竹串に刺して香ばしく炙り、白味噌のタレで和えた「あぶり餅」という和菓子のお店でした。

 店の名前は、「あぶり餅 一和」。あぶり餅は1人前15本で500円。甘味好きで餅も大好きな私は、たまらず一人前を注文して縁台に座ったのですが、そこで目に飛び込んできたのが「創業長保2年」の文字です。

 長保2年ってことは、西暦1000年です。お店の方に話を聞いてみると、今宮神社の建立と同年にお店を構え、以後、1022年にわたって今宮神社の参道であぶり餅を売り続けているそうです。

 ふと目の前にも「あぶり餅」のお店の「かざりや」さんがあるのに気づいて、はしごしてもう一皿頂いたのですが、こちらは寛永4年(1637年)創業で400年続くお店でした。実はこの参道にあるお店の建物は、新しくても大正時代、古いと寛永年間の建物をリフォームしながら今も使っているそうで、もはやこの一帯そのものが「老舗」として残っていると言っても過言では有りません。

 その中でも、「あぶり餅」のお店は、京都市内の他の和菓子屋さんが時代の流れに合わせて株式会社化したり、業態を徐々に変化させてなんとか競争を勝ち抜こうとあたふたしているのに対して、悠然と1000年以上、同じ場所で同じものを売り続けています。 おそらく変わったのは価格と、建て替えている建物くらい。これは凄いことではないでしょうか?

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高橋勅徳

たかはし・みさのり
東京都立大学大学院経営学研究科准教授。
神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了。2002年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。
専攻は企業家研究、ソーシャル・イノベーション論。
2009年、第4回日本ベンチャー学会清成忠男賞本賞受賞。2019年、日本NPO学会 第17回日本NPO学会賞 優秀賞受賞。
自身の婚活体験を基にした著書『婚活戦略 商品化する男女と市場の力学』がSNSを中心に大きな話題となった。

Twitter @misanori0818

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