よみタイ

寿木けい「土を編む日々」

第25回 八百屋の貸し

 売り場で竹の子を見つけるとうれしくて、2つ3つまとめて買う。縦に伸びることだけを遺伝子に組み込まれた植物である。それが横にされて──性質をねじ曲げて──雑魚寝させられているのを見ると、一刻も早く手当てをしてやらねばと思う。
 竹の子は先端を少し切り落とし、垂直に切り込みを入れる。家で一番大きな鍋に入れて水を張り、米糠をひとつかみと鷹の爪を加えて火にかける。あとは2時間弱茹でるだけ。竹串を刺してすうっと通れば、火を止めてそのまま冷ます。
 姫皮、穂先、根元に切り分けて、すぐに使わない場合は茹で汁に浸して冷蔵庫に保存しておけば4、5日はもつ。

 なにはなくとも竹の子ご飯。そう思ってきたが、あるとき夫が、ご飯よりも焼いて食べたいと白状してきた。なぜそれを早く言わないか。
 聞いてしまったら、作らずにはいられない。
 竹の子は穂先を等分に切り分け、粉山椒を醤油に散らして香りを移し、焼き網を用意しておく。竹の子を山椒醤油にちょんちょんと浸しては、網にのせて炙る。食べられる柔らかさには茹だっているから、表面を化粧する気持ちで何度か繰り返す。
 焼いているときの香りが、まず、ご馳走である。竹の子の肌が乾くときに一緒に放たれる、甘がゆい香気。そして焦げた醤油の匂い。これを肴にして、舌に日本酒をふくませる。確かに、焼きがいい。

 この竹の子と切っても切れないのが、山椒の若い芽、木の芽である。清涼なほろ苦さが、竹の子のえぐみを引き立てながら鼻に抜ける。 
 じつはこの連載の撮影前日、売り場を数軒回っても木の芽が手に入らなかった。その前の日はたくさん目にしたのに。必要なものが準備できなければ、プロとして失格である。
 次の日、朝一番に近くの八百屋へ向かった。よく通っている店で、いろんなわがままを聞いてもらってきた頼みの綱なのだ。
 開店前の店内は、これから並べる野菜の荷さばきで慌ただしかった。
「すみません、木の芽、ありますか」
 あいよ、と裏の倉庫へ見に行ってくれたお兄さんだったが、「今日はなし、ごめん」と戻ってきた。撮影の時間は刻々と迫る。
「分かりました、じゃ、似た葉を探します」
 細かくちぎって使うしかない。腹をくくって、三つ葉や大葉の棚へ首を突っ込む私を見て、
「5分待てますか」
 返事をする間もなく、お兄さんは自転車で飛んで行った。あれは質問ではなく指示だったのだ。ただでさえ狭い私の肩が、ひゅうんと縮んだのを、見ていたのだろう。

 あれほど誰かの到着を待ったのは、久しぶりだった。
 戻ってきた手には、木の芽が握られていた。スーパーで売られているのとは全く違う、しっかりトゲがついた、野生の若い枝。
「僕の秘密の場所だから、教えませんよ」
 お兄さんはそう言って持ち場に戻ると、鼻歌を歌いながら仕事を再開した。
 大きな借りがひとつ。こうして、たっぷり使わせてもらった。

 花にかまけて、家のまわりにどんな木が生えているのか知らずにきた。東京23区とはいえ、公園にも、民家の庭にも、街には驚くほど多種多様な木がある。見ようとしなかったから、見えなかった。
 食べられる緑の在処くらい、自分だけの地図を作れなくては。これからまた、忙しくなりそうだ。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で12万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』、版を重ねている文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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