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酒井順子「言葉のあとさき」
時代が変われば言葉も変わる。
そして、言葉の影に必ずついてくるのはその時代の空気。
かつて当然のように使われていた言葉が古語となり、流行語や略語が定着することも。
言葉の変遷を辿れば、時代の流れにともなう日本人の意識の変容が見えてくる……。
近代史、古文に精通する酒井順子氏ならではの冴えわたる日本語分析。

「ウケ」たくて。

言葉のあとさき 第16回

「それ、ウケる〜」
 と、何か面白い話を聞いた時に言い続けて、もうどれほどの年月が経つでしょうか。私の年代でも、ちゃんとした大人は「ウケる」などという軽い言葉は使用しません。が、「ウケる」は我々の若い頃から流通しはじめた言葉であり、根が軽薄な私は今でもつい、使用してしまう。「ウケる」は、軽薄言語界における大ベテランなのです。
 ネット上においては、「ウケる」的意味合いとして、「草生える」とか「大草原」とか「ワロタ」といった新しい表現が使用されているのであり、「ウケる」の寿命も、あとわずかなのかもしれません。しかし既に我が身に沁みついたこの言葉、私は死ぬまで使い続けるような気がしております。
「ウケる」という言葉が登場する以前の人々は、面白いことを見たり聞いたりした時、ただ笑っていました。笑うという行為によって感情を表現すれば、話は終わっていたのです。
 さらに言葉でつけ加えたい時は、
「ああ、おかしい」
 とか、
「面白いね」
 と言っていたのですが、「おかしい」や「面白い」は、「ウケる」とはどこか違うニュアンスを持っていました。
「面白い」「おかしい」は形容詞であるのに対して、「ウケる」は動詞。誰かの話を聞いて「ウケる〜」と言うと、「あなたの発言は、私を笑わせることができました」との意を相手に伝えることができますが、そこには相手への鼓舞や評価という、より能動的なニュアンスが漂うのです。
「ウケる」の語源ははっきりしないようですが、舞台の上の芸人や俳優が、笑いなり涙なりといったビビッドな反応を客席から「受け」とった、というところから来たという説があります。同時に、舞台上の人々の台詞や演技が、観客に「受け」入れられた、との実感を得ることをも「ウケた」と言うのかもしれません。
「ウケる」という言葉について考える時に私の脳裏に浮かぶのは、優秀なキャッチャーの姿です。良いキャッチャーは、ピッチャーのボールを受ける時に、なるべく良い音が鳴るように捕るのだそう。キャッチャーミットにおけるスイートスポットのような場所で球を受ければ、
「パシィーン!」
 という快音が響き、ピッチャーは気持ちよく投げることができるから、と。
「ウケる」という言葉は、そのキャッチャーミットの快音のようなものではないかと私は思います。面白い話を聞いた時は、爆笑しながら、
「ウケる〜!」
 と手を叩く。それほど面白くなくとも、「ウケる〜」と言っておけば、「あなたの話をちゃんと受け止めてますよ」と伝えることはでき、会話もスムーズに進むものです。「面白い」「おかしい」という形容詞は、ピッチャーが投げる球をはたから眺めている観客の感想のようですが、「ウケる」はより、会話に参加している当事者感を醸し出すことができる。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

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