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寿木けい「土を編む日々」
春夏秋冬、旬の食材は、新鮮で栄養たっぷり。
季節の野菜は、売り場で目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところです。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、文庫化された『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
食をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを、「暮らしの手帖」などの写真が好評の砺波周平さんの撮影で紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。

第23回 北の春

 春は地面をふみしめ、ふみしめ歩く。
 一番古い記憶は、富山で過ごした子ども時代。残雪の隙間から顔を出したふきのとうを、学校帰りに摘んで歩いた。小さな手でむしり取った、と書くほうが正しいかもしれない。泥と雪といっしょくたになったその匂いは、今も鼻の奥にある。まぶたに当たる陽は暖かいのに、足もとはまだ雪が残る、厳しい冬と短い春の間にぽっかりあいた不思議な季節。目の前の生に期待して、子どもはその隙間に立っていた。
 人生のはじまりをそんな風に過ごしたからだろう、常夏の地よりも、寒さにぽっと芽吹く春を見つけるような旅が好きだ。独身のころはひとり旅ゆえの身軽さで、南より北へ、さらに北のその奥へと向かうことが多かった。
 岩手のタイマグラにある「フィールドノート」という山小屋を目指したのも、そうしたひとり旅ばかりしていた時期だった。日本中の秘境を旅する友人が、ぜひ行ってみるといいよと教えてくれた宿で、ご夫婦と三人の子どもたちが暮らす家のひと部屋を分け与えられて、ほかの客人と一緒に数日を過ごした。
 東北の春は遠い。ゴールデンウイークだというのに、早池峰山(はやちねさん)にはまだ雪が残っていた。それでもどこを歩けば春があるか、宿の子どもたちはちゃんと体で知っていた。連れ立って一緒にふきのとうを探し、川の端っこに生えるせりを摘み、道すがらカタクリの紅紫色の花が咲く場所へ案内してくれた。ルバーブを採るのも、たらの芽を木から直にもぐのも、私には初めてのことだった。その日の収穫は、小屋で待つお母さんに晩餐のおかずにしてもらった。雪解け水が勢いよく走る小川では、粋な客人の誰かがビールを冷やしてくれていた。
 お母さんが作ってくれたのは、開いたふきのとうに、柔らかく茹でてつぶしたじゃがいもを詰めた天ぷら。それも、げんこつみたいに大きいのを、たんまり。前歯を立てたときの、大地が湧き出してきたような強烈なおいしさを、今でもはっきり覚えている。土から萌え出た春の菜には、油がよく合う。苦味とえぐみが油で中和され、ほろ苦さは旨味に変わる。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で12万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』、版を重ねている文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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