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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を、怒り、哀しみ、そして、ほんの少しのユーモアで描いたロングセラー『兄の終い』のほか、『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『メイドの手帖』、そして昨秋刊行された話題作『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』など、数多くの注目翻訳作品を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

オーディオブックがもたらす想定外の効果-聴く物語が伝えてくれるのは

 私が好んでオーディオブックを聴くようになったのは、三年ほど前のことだったと思う。なかなか本を集中して読めない時期が続き、最初は「選ぶ本が合っていないのだろう」と納得していたのだが、どうもそうではない。好きな作家の本でも、最後までページをめくるのに苦労してしまう。満足感とともに蓄積されていく疲労感の正体が、自分でもよくわからなかった。

 とにかく集中力が続かないのだ。本は生活の一部だし、何より仕事の一部の私にとって、これはショックなことだった。積ん読はどんどん増え、デスクの上がとんでもないことになってくる。最後まで読めないくせに読みたい欲は誰よりもあり、気になった本はその都度買わなければならないという謎の使命感もある。読みたいのに最後までたどり着けない本が増えていく日々のなかで、自分なりに考えた原因は、視力の低下と、体力の低下であった。つらい。読むという行為は、想像以上に体力を消耗するのだな(涙)。

 ということで、比較的すぐに立ち直る私はオーディオブックを試してみることにした。最後まで読むのに苦労するようになる前から、聴く物語と、読む物語に差はあるか、知りたいと思っていたのだ。そこで、今がチャンスとばかり何冊か買い込んで(ダウンロードして)、聴いてみた。最初に気づいたのは、ナレーターが読む速度と、自分が目で文字を追い読む速度には、違いがあるということだった。

 意識してはいなかったが、せっかちな性格もあってか、私自身は本をかなり速く読んでいるようだった。ナレーターの読む速度がとても遅く感じられ、オーディオブックというよりは、BGMになってしまう。何かをしながら聴いていると、いつのまにかナレーションが一切耳に入らなくなっている。物語は順調に進むが、私の脳内の物語が先にどこかに行ってしまうのだ。

 それであればと、作業の片手間に聴くのではなく、デスクにしっかりと腰掛けて、全集中して聴いてみた。物語に集中すればするほど、さて次は何が起きるのかと答えを知りたくなる私。聴けば聴くほど、脳内でページを先へと進めたくて仕方がなくなる。気づけば右手がピクピクしている(ページをめくる仕草)。まだかまだかとジリジリしてしまう。本当に自分の性格が嫌になってくるのがこんなときだ。気がつけば眉間にしわが寄り、物語が再び行方不明になっている。気づけばインターネットショッピングで何かを買っている。最悪である。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。
家族の実話を描く近刊のエッセイ『全員悪人』が大好評、話題となっている。
最新刊は『ハリー、大きな幸せ』(亜紀書房)、および『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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