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寿木けい「土を編む日々」

第22回 ひかりの棒

 ねぎは大きめのひと口大に切る。フライパンに油をひいてにんにくを炒め、香りが膨らんだら、ねぎを立てて並べる。おいしそうな焼き色がついたらひっくり返す。熱せられた水分が繊維からはみ出してぷくぷくと弾け、甘さがより凝縮されてくる。ねぎと大きさを揃えた山芋を加え、全体が熱くなったら、耐熱皿に移す。このとき、もし鍋肌にねぎや山芋がくっついていたら、スプーン1杯の水を加えてこそげ落とし、耐熱皿へ一緒に入れてしまう。
 生クリームを注ぎ、2種類のチーズを散らしてオーブンで焼けば出来上がりだ。生クリームをフライパンに注がないのは、洗い物を楽にするため。一度、クリームを入れたら、ねぎと山芋のとろみとくっついて洗うのが大変だった。ふたつの素材の粘りを頼りにして、薄力粉を使わずに仕上げる。ねぎは柔らかく火が通りつつ、起立した姿をまだしっかり残している。そこに山芋のシャクシャクと軽快な音。お酒に合わせるひとはブルーチーズだけでもいいし、小さなお子さんがいる家はブルーチーズはなしにしてもいいだろう。コクがあってさらさらと胃におさまる、スープのようなグラタンだ。

 白葱のひかりの棒をいま刻む

 暮らし続けていくことへの決意を、黒田杏子はねぎに託して詠んだ。
 土を落として水で洗われた、濡れたねぎの肌。朝日を受けて輝くのか、それとも蛍光灯の下に浮かびあがる白さか。発光するねぎを、いま、まさに自分が刻んでしまおうと息を詰めた一瞬。生活なんて退屈な時間の連続であるという大局観があるからこそ、この小さな時間を肯定するみずみずしさが際立つ。包丁の主は、ねぎの美しさにほれぼれすると同時に、励まされているのではないだろうか。
 連載のタイトルを「土を編む日々」に決めたとき、この句が頭にあった。黒田杏子の感情の動かし方でもって、そして、『土を喰う日々』で水上 勉が綴った率直さでもって、野菜を扱ってみたいという憧れがあった。縦横無尽、流麗飄々と食材の声を引き出す力は、まだまだ。しかし、一年を通して野菜に触れ、脳みそに汗をかく時間は、ささやかな感性の元本を育んでくれると信じている。

 千住からの帰り道、千寿葱を扱う蕎麦屋へ寄った。
 注文を待つ間に、お手洗いに立った。すると、厨房と客席を仕切る藍色の暖簾の隙間に、まな板に2本並んだ真っ白なねぎが見えた。ご主人は息を詰め、肩が少しだけ隆起した。そしてタンッ。よく切れる包丁で、まっぷたつ。
 今日も日本中でねぎを刻むひとがいる。私もそのひとりである。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で12万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』、版を重ねている文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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