夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。
2021.2.8
喫茶店の娘が直面した30年前の愛憎劇—美味しいサンドイッチとコーヒーと

大学三回生の夏だったと思う。一学年上の先輩に呼び出され、阪急西京極駅近くの喫茶店に出向いた。私は当時、その喫茶店から徒歩数分の場所にあるマンションで一人暮らしをしており、先輩は「ちょっと来て。話したいことがあるから」と、唐突に電話してきたのだった。
その喫茶店は白いタイル張りのビルの二階にあり、道路に面した壁一面がガラス窓になっていて、外から店内の様子がよく見えるようになっていた。大学生のアルバイト先としてはよく知られていた店で、多くの学生が働いていた。時給がよかったからだ。その代わり、女子学生は白いミニスカートを履いて勤務しなければならないというルールがあり、一部学生(私を含む)のあいだで評判は最悪だった。店の外を通る人が窓を見上げると、ミニスカートの女子大生が働く姿が見えるのだから、そういう計算あってのことだったのだろう。私は一度も行ったことはなかったし、外壁の白いタイルがきらきらと輝くバブルの遺産のような建物内に入ることすら躊躇する人生を送っていた私には、先輩の誘いがずいぶん気の重いものだったことを記憶している。
嫌々ながらビルの階段を上り、店に入ると、先輩は窓際の席に一人座り、そこから通りを必死になって見つめていた。まるで張り込みだ。私が来たのにも気づかず、眼下を歩く人たちを、通り過ぎる車を、休むことなく凝視していた。私が目の前の席に座って挨拶すると、「ごめんね、呼び出しちゃって」と言い、「彼氏と連絡が取れなくて」と言った。先輩の彼氏は何を隠そう私の友人だった。大の仲良しだった。その数週間前から、「別れたいんやけど……」と相談されていたのだ。これはマズイことになったぞと思った。
先輩は、私と先輩の彼氏が友人であることを当然知っていて、「最近会った?」と、私に目もくれずに聞いてきた。「うーん、授業にはいたかもしれないですけど……」と答えると、「ああそう」と言った先輩は、その時もまだ、窓から外を見ていた。
「私、ここで二ヶ月前からバイトしてたの知ってる?」と先輩に聞かれ、驚いた。え、先輩、ミニスカートでアルバイトしてたんだ!? と狼狽えている私に、「あの子も一緒にキッチンでバイトしてたの知ってる?」と先輩は矢継ぎ早に聞いた。え、あいつもバイトしてたんだ!? とにかく私は、「いえ、全然知りませんでした……」と答えた。すると先輩は、「あの子、今日シフトに入っているんだよ。だからここで待ってんの。電話しても出てくれないしね」
あれ……雲行きが怪しくない? 先輩、何か怒ってる? 友人とのあいだにやましいことは一切ないが、野生の勘で逃げなければと思った。