よみタイ

寿木けい「土を編む日々」

第21回 女と白菜

 夢中で白菜の世話をしていると、必ず思い出すシーンがある。
 何年か前に、舞台『阿修羅のごとく』を観に行った。還暦を迎えた夫婦と4人の娘たちの物語で、1979年に初めて放送されたテレビドラマの脚本は、故・向田邦子。映画に舞台に、これまで何度もリメイクされてきた。
 舞台では、加賀まりこ演じる母・ふじが庭先で白菜を漬ける場面がある。小柄な体でうんと大きな白菜を撫でまわし、そのまわりを4人の娘が取り囲む。女だけの牧歌的な時間が流れるかと思いきや、交わされる視線と会話はきわどい。
 その火種となっているのが、父・恒太郎だ。恒太郎はどうやら他所よそに女がいるらしく、娘たちはそのことを知っているが、はたしてふじは勘付いているのか──。結託して探ろうとする娘たちに、ふじは漬物を仕込む手を休めることなく、しらばっくれてみせる。
 1979年版の初代ふじはどうだったのだろう。NHKのオンデマンドで第一話から順に見てみると、大路三千緒演じるふじが白菜を漬けるシーンが、やはりあった。
 舞台と違っていたのは、音である。白菜を漬けるときの、べちょっとした湿り気と重量をともなった音が、テレビの中にははっきりある。生活を象徴するその音が結界となって、娘たちの気遣いや哀れみの視線からふじを気丈に守っていた。
 なんと効果的な小道具だろう。大根では大雑把だし、ねぎを刻むのでは、動きがこぢんまりしすぎる。ふじは白菜のお尻を支え、赤ちゃんの肌着をはがすように葉をひらいては、ちゃっちゃと塩を塗りこめる。白菜を手なずけ、太く暮らしを進める存在としての描かれ方が、やさしく、いじらしい。

 白菜は性にまつわる記憶を次から次へと引き出す。
 料理家・栗原はるみさんのご主人である栗原玲児氏が亡くなったのは2019年のこと。何の本だったか、はるみさんの第一印象を玲児氏はこう書いていた。
 新聞紙にくるまれた白菜みたいな人だと思った──この一文に、ああと声を出して、うれしく打ちのめされてしまった。
 清潔感があり、気取りがなくて、安心感と溌剌の両方を持っている。そして朴訥さと、意外にも、たくましさもある。そんな女性像が思い浮かび、ひと組の男女を結んだ縁と時間を思った。
 こうなると、愚かにも「私の第一印象ってなんだった?」と夫に聞いてみたくなる質である。野菜にたとえて欲しいというリクエストに、「どうしたの急に」と不思議な顔をしつつも、おもしろそうに考えている。夫がひねり出した野菜の名前──それは、いつか機会があれば書きたいと思う。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で12万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』、版を重ねている文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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