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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を、怒り、哀しみ、そして、ほんの少しのユーモアで描いたロングセラー『兄の終い』のほか、『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『メイドの手帖』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』など、数多くの注目翻訳作品を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

長引く自粛生活のなかに始めた楽しみ—スランプは乗り越えられるか

 去年の三月初旬、コロナウイルス感染拡大阻止を目的とした休校措置がはじまった直後、私は「いつまでこの焦燥感が続くのだろう」と書いていた。十ヶ月後の今になって確信できるのは、最低でも一年は続くということだ。考えれば考えるほど異常事態ではないだろうか。それまでの生活様式を大きく変え、目に見えないウイルスという敵と戦うなんて映画の中だけの話だと思っていた。そのうえ、そんな生活が一年も続くなんて、まったく予想していなかった。いや、一年では済まない話なのではないだろうか。この先の自粛生活にはっきりとした期限がなさそうなことは、誰もが薄々感じはじめているだろう。去年三月時点の私にこんな現状を伝えたら、腰を抜かすのではないかと思う。それほど、状況は変わっていない。誰もが疲れている。閉塞感に苦しんでいる。

 フリーランスの翻訳者である私にとって、自粛生活自体はそう苦痛でなかったはずなのだが(なにせ十年以上も籠もっているので)、のっぴきならない状況で必要に迫られて外出を控えるのと、行動の自由はあるが仕事のために籠もっているのとでは、気持ち的に大きな差がある。完全なるインドア派の私でも、ここまで自粛生活が長くなってくると、さすがに調子が崩れてきたと感じている。これは正直、予想していなかった。私はきっと大丈夫だと思っていた。それなのに、ここ一ヶ月ほど、どうにもこうにも仕事が進まない。些細なことで苛ついたりする。家族によって脱ぎ散らかされた無数の不織布マスクさえ、私の心を削ってくるのである。先が見えない生活が、ここまで自分にダメージを与えるとは思っていなかった。

 頭の中が空っぽなのである。私の文章は一体どこに消えたのだろうと焦りまくっている。長い文章が書けなくなってしまい、頭を抱えている。この原稿だって朝から延々と書いては消し、消しては書き直し、ねすぎて膨らまなくなったパン生地のようになっている。ここのところ一ヶ月ほど、出版社に送った原稿が戻ってくることが増えた。理由は、内容がイマイチだからだ。堂々と書いている場合ではないが、どう努力しても調子が戻ってくれないから困っている。あろうことか、集中して本を読むことさえ難しくなってきた。これはいくらなんでもまずい状態なのではと、脳天気な私もさすがに焦っているのだった。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。
家族の実話を描く近刊のエッセイ『全員悪人』が大好評、話題となっている。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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