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寿木けい「土を編む日々」
春夏秋冬、旬の食材は、新鮮で栄養たっぷり。
季節の野菜は、売り場で目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところです。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、文庫化された『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
食をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを、「暮らしの手帖」などの写真が好評の砺波周平さんの撮影で紹介します。
自宅でのごはん作りを手軽に楽しむヒントがここに。

第20回 味目録

 2020年最後の週末、近所のレストラン「C」へ半年ぶりに顔を出した。
 半年も姿を見せなかった客を常連とは呼ばない。いやぁどうもお久しぶりですなんてていで入ったら図々しいから、身幅を少し小さくして端の席についた。
 ここなら間違いないという店だから、進んで提案されるがままになって、店主一番のおすすめのワインと料理を頼んだ。たとえ小さなことでも、自分でなにかを決めることに疲れていたのかもしれない。

 この日のおすすめは、チャカプリという料理だった。ジョージアではどの家庭でも食べられているおかずらしい。エストラゴンをはじめとする大量のハーブに加え、卸す飲食店がなくなってしまった人参の葉やなんかを店主が引き取って、仔羊といっしょくたにしてジョージア産のワインで煮込んである。ボウルにたっぷり盛られた姿は映えないけれど、食べてみると、瞳の奥でシャッター音が鳴るくらいに輪郭が際立っている。

 どこか小さな、古い町の、安くておいしい食堂のすみっこにいる小柄なアジア人──自分の姿がそんなふうに感じられたのは本当に久しぶりのことだった。ではどこの町かと聞かれると、それが分からない。自分には旅が足りていないということが、ずしんと感じられた。年の瀬の、時間が指の間からこぼれていくような焦りとさみしさもあった。

 土地の記憶が私を──私の感じ方を──作っている。
 18歳まで過ごした富山の水と米。情報誌の編集者時代に食べ歩いた、たくさんの店。20代の休暇のほとんどを費やした旅先での味。そのほとんどはひとりで、先を急ぐようにして食べた。
 同じ国の、北と南。西と東。近代化され尽くした都市の、同じ区画の、地下にある窓のない食堂と、夜景を売りにした高層階のレストラン。80代の料理人と、その孫で30代の料理人。私の家の小さな台所にある四季。それらの時空を舌と鼻がうろついて、アコーディオンカーテンのプリーツのように記憶のひだを刻んできた。
 図書館で図書目録を繰っているとき、もし記憶に形があって、内部に触れることができたら、こんな感じだろうかと思ったことがある。目録の角をぱたぱたっと一気になぞり、テーマに関連した記憶と味のカードを探りあてて、原稿を書く手がかりにするようなものだ。
 味の目録のどれかをカチリと引き当てたのが、師走のチャカプリだった。2020年は、鼻も舌もずいぶん退屈しただろう。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で11万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』、文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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