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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を、怒り、哀しみ、そして、ほんの少しのユーモアで描いたロングセラー『兄の終い』のほか、『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『メイドの手帖』など、数多くの注目翻訳作品を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

自分の言葉で書き残すことへの執着—なぜ人は文章を書くのか

 2021年最初の更新となる今回は、少し書きにくい。なぜ書きにくいのかという理由は、読んだ本の紹介が最後にあるのでそちらを確認していただければ、なるほどと思い当たる方も多いだろう(売れゆき好調と評判の一冊だ)。興奮しながらページをめくり、どうしても書き残しておきたいと感じたので、陳腐な表現を使わないよう細心の注意を払いつつ、緊張しながらキーボードを叩いている。

 私にとって、「書く」とはどういった行為なのかと考えることが頻繁にある。翻訳作業で書く文章の量と、エッセイその他として書く文章の量が同じぐらいのボリュームとなってきた最近は、特にそう思うことが増えた。とにかく朝から晩まで書く日々を過ごしている私だが、なぜそこまでするのかと考えたとき、辿りついた答えは「それを譲ることができないから」というものだった。去年のことだ。誰に止められたとしても、自分は折れずに書くだろうと確信した一冊を書き終え、ますますその気持ちが強くなった。自分の内面を臆することなく書ききることで、私は「赤裸々に書いてしまった」という感情ではなく、「今回も譲ることなく書けた」という気持ちを抱く。しかし、なぜ譲ることができないのかという次なる疑問への答えは、見つからないままだった。何に対してもいい加減な私の中に唯一ある頑固さが、記録して残すこと、自分の言葉で書き残すことへの執着なのだ。

 ここ数年、さまざまな場面で「死」を目撃してきた。母を送り、兄を送り、友人知人を送り、自分まで危うく死にかけた私がぼんやりと思うのは、私たちの生活に存在するありとあらゆるもの、できごとの周縁には、常に死の影があるということだ。なんという絶望を抱えて暮らしているのだろう、気の毒な人だと受け取られてしまうかもしれないが、私にとってはようやく辿りついた境地のようなもので、ここに辿りつくことで、私は心から安心することができた。去っていった人たちを常に身近に感じている。私と彼らの間には、薄い紙一枚ほどの距離しかない。むしろ、以前よりはずいぶんリラックスして暮らすことができているのではないだろうか。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』(亜紀書房)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。
家族の実話を描く近刊のエッセイ『全員悪人』が大好評、話題となっている。
最新刊は『ハリー、大きな幸せ』(亜紀書房)、および『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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