よみタイ

寿木けい「土を編む日々」

第13回 左党のおやつ

 さつまいもを自分でも頻繁に料理するようになったのは、子どもが生まれてからだ。
 きっかけは離乳食。蒸してペーストにするにも自然の甘みがあってほかに調味料がいらないし、子どももたくさん食べてくれた。以来、よく買う食材のひとつになった。
 子どもは胃袋がまだ小さいから、日に何度も食ベる。ならば食事と食事の間のおやつにも、家にある食材で何かこしらえてやりたい。そんなときにも、さつまいもはぴったりだ。

 さつまいもを鍵盤ハモニカの鍵盤くらいの大きさに切って水にさらす。フライパンに油をひいたら、重ならないように並べてふたをする。弱めの中火でゆっくり火を通し、3〜4分経ったら違う面を下にし、ふたをして焼き、また違う面を下にして──15分ほどかけて四面を焼く。このときローズマリーをのせて香りを行き渡らせる。
 いったん火を止め、ハチミツを水で溶いて流し入れる。再び火をつけて蜜を絡めたら、最後にミルで塩をがりっと挽く。ちょっと豪勢にしたいときは、バニラアイスを添えて。大人も子どもも大好きな、甘じょっぱいおやつである。

 書いてみると見えてくる。これは大学いもに属するおやつなのだ。
 揚げてこそいないが、油をひいたフライパンで時間をかけてカリカリに焼くし、ローズマリーと塩は、それぞれ胡麻と醤油の代わりということになるだろう。

 じつは、このレシピの撮影を控えた九月のある日、財布を落としてしまった。
 聞いたこともない交番から電話があり、おそらくそれと思われる財布が見つかりましたと言う。地図で調べて北馬込へ向かい、いくつかの手続きを経て無事に財布を取り戻した。
 誰に叱られたわけでもないのに、お天道様を見上げられない情けなさと、一円も欠けることなく戻ってきた奇跡の間に、私はぼんやり立っていた。

 ありがとうございましたと頭を下げて通りに出る。と、道路を渡った先に「甘藷 生駒」と書かれた看板が目に入った。すでに開店しているらしく、スタッフが忙しく立ち働く姿が見える。陳列ケースの中央には、どんっ、大学いも。
 土曜の朝早くから住宅街で大学いもを売る店というだけで、なんだか得がたいものに思え、命拾いした財布からいくらかを落として帰った。

「大学いも」
 うちに帰り、ぶら下げた袋を振って見せると、モンブラン好きな夫の尻が椅子から三センチくらい浮いた。

 初めてのおいしさに、私たちは無言になった。
 タレはごく薄く、均一にさつまいもに絡んでいて、甘さはほんのり遠くにつかまえられるくらい。そして、切り方。大学いものおいしさを支えているのは、乱切りによって生まれる多角だ。どこをかじっても歯が角に当たり、それが独特の歯応えを生む。私が鍵盤のように切るのも、理にかなっていたのだ。
 スマホで検索してみると、大学いも界では知らぬ人はいない有名店だった。手ぶらで出かけ、右手に財布、左手には東京屈指の大学いもをちゃっかり持ち帰ったというわけだ。

 左党(左利き)の呼び名は、鉱山で働くひとたちが右手に槌、左手にノミを持っていたことに由来する。ノミ手はもちろん、飲み手へ通じる。
 飲み手は待たされることが嫌いだ。旬の食材に少しだけ手をかけた、気の利いた酒肴こそが華である。その左党の物腰をも柔らかくする刀──甘さとしょっぱさの両刀──が、さつまいものおやつにはある。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で11万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』のほか、11月6日に、文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』が、河出書房新社から発売された。

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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