よみタイ

寿木けい「土を編む日々」

第8回 なすびの素肌

 この茄子を味噌で炒めた「よごし」という料理がある。私が生まれ育った富山県砺波となみ市の郷土料理だ。
 薄く切った茄子を下茹でし、油で炒めて味噌で味をつけたごく簡単な料理で、とりたててごちそうと思ったこともなかった。しかし、料理を仕事にするようになってからは、作れば作るほど、茄子がもつ不思議な魅力に引きつけられる。
 
 茄子は縦半分に切ってから、厚さ2〜3ミリの薄切りにする。水にはさらさない。今の茄子はそこまでアクがないというのがひとつ。それに、下茹でして油で炒めれば、エグみはすっかり中和されてしまう。
 たっぷりの湯でゆがくうちに、皮に近い部分がうぐいす色に透き通ってくる。この色を合図にざるに引き上げる。余分な水分とアクがぬけ、茄子本来の──磨かれた素顔のような──食感と香りだけが残る。 
 粗熱が取れたら、小さなおむすびを作るようにして水分を絞る。
 フライパンに油を熱し茄子を炒りつけると、油を吸って張りが出て、かさが減ると同時に実がむっちり締まってくるのが箸を通して伝わってくる。
 余計な水分を追い出し切って、旨みはさらに凝縮される。火を止めてから自家製の味噌を加え、あとは余熱で全体に味噌を行き渡らせればできあがりだ。

 たっぷりの湯のなかで泳がせ、味噌で汚してなお味わいが引き出されるとは、茄子の力の厚みを思う。皮の照りと実の歯ごたえ、そしてすっきりしたコクは、上質な肉にも負けない。自信をもって言える。

 家族もあと押しする。私が茄子を洗っていると、東京生まれの夫だけではなく、小さな子さえも、
「よごし作るの?」
 と嬉しそうに私の周りをうろついている。

 浅漬けから揚げ物まで、調理法はなんでもござれの茄子だけど、なかでも今の子どもたちに人気なのは麻婆茄子だそうだ。
 たしかに、肉も入ってボリュームがあり、ごはんも進むとくれば、忙しい親にとってはありがたい。食品メーカーのテレビCMの効果もあるだろう。

 子どもを育てながら働いている友人の家に遊びに行ったとき、その麻婆茄子の素が積まれているのを見た。
「賞味期限が切れそうだから、持ってってよ」
 こう言って、薄い箱をいくつか包んでくれた。聞けば、安いときにまとめて買っておくのだという。
 どれどれ、せっかくだからと家で調理してみたが、どうしても調味料の味ばかりが勝った。
 ねえ、こんなおかずもあるんだけど──自慢の郷土料理をお節介にも披露できる機会があったらいいのに。そんなふうに思うことが増えた。思わず箸を止めてしまうおいしさは、SNSでは拡散されない料理のなかにこそある。

 私は子どもたちがよごしをほおばる姿を見るのが大好きだ。自分の子ども時代が肯定され、目の前で再生される喜びを、全身で感じられるからだと思う。

 以前ツイッターでよごしを紹介したところ、語源についてこう教えてくれたひとがいた。
「おいしすぎて、夜を越さずに売り切れてしまうからという説もあります」
 真偽はわからないけれど、なんとしゃれた理由だろう。

 私には、白いごはんを汚してでも食べたいというふうに思える。ひと晩寝かせて味も肌もぎゅっと引き締まったよごしを炊きたてのごはんにのせれば、茄子はほろほろと崩れて再び素顔を見せる。そのくらい白米と相性のいい、夏のごちそうである。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で11万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』のほか、11月6日に、文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』が、河出書房新社から発売された。

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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