よみタイ

いつも鏡を見てる

脊柱管狭窄症と借金に苦しんだアラフィフ農家の決断

腰は想像していたよりはるかに重症だった

 大分大学医学部附属病院で検査をした結果、下った診断は脊柱管狭窄症。初めて耳にする病名だった。〝背中を丸めるようにしなければ立っても座ってもいられない痛み〟と〝聞いたこともない病名〟。ふたつのお題から連想するのは〝厄介な病気〟で、それがどれほど厄介なのかと考えようとするだけで不安になった。そのときどきの心情をわかりやすく示す彼の表情がみるみるうちに曇っていく。それを見て取った担当医は「脊髄が通っている脊柱管の一部が狭くなって神経を圧迫してしまう病気です。神経が刺激されているわけですから痛い」と説明し、彼の表情をますます曇らせる。

「残念ながらかなりの重症です。想像していたよりはるかに重症です」

 深刻そうな顔を向け「重症」という言葉を2度使った。深刻な顔で「重症」と告げるのはやめてもらいたいものだと思った。何度も繰り返した腰と背中へのダメージを放置したツケがまわってきたという趣旨を丁寧に話し続けた医者は「さぞや痛いでしょう」と言った後、ようやく結論めいた言葉を口にする。

「すぐにでも手術する必要がある。大手術になります」

 一般的な脊柱管狭窄症とは状況がまったく違うのだというようなことを医者は話し、背骨がひどく変形してしまっているから「悪化している部分を切除しないことには症状は改善しない」のだと言う。医者の言葉はそこで終わらず、「症状は改善するにしても完治は難しい」と付け加えている。

 聞いた瞬間、えッ、と声がでたが、後が続かない。喉まででかかった「手術しても治らないってどういうことだ」と言うべき言葉も、「もとのように仕事ができるようになるのはいつなのか」と尋ねるべき言葉も声にはならなかった。自らの農業人生をあらためて検証してみたことなどないけれど、この11年間に何度かの大きな失敗はあったにしても、上出来な仕事をしてきたつもりだ。米を作るにしても野菜にしても、その出来栄えは誰にも負けないし、地域のリーダーのひとりとして地元の農業振興の一端を担ってきたとの自負もある。農協との関係だって悪くない。好きな農業を好きなようにやれると勇んだかつての思いは、それなりに実現できている満足感もある。歯車はそこそこうまくまわってきた。けれど、これから先は、もしかすると、いままでのような調子ではいかないかもしれない。これまで考えるのを避けてきた将来の不安を予感した瞬間だった。

 アルマジロみたいな格好をさせられた彼の背中を大きく開くところから始まった手術は六時間で終わっているが、大手術には違いなかった。実際にはどうなのか話は別だけれど、現代の医療は、悪化した脊柱管狭窄症であっても短時間の手術で容易に治すイメージがある。重症でなければ投薬による保存療法という選択肢だってある。けれど、彼の場合はまるで違っていた。

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矢貫 隆

やぬき・たかし/ノンフィクション作家。1951年生まれ。龍谷大学経営学部卒業。
長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、フリーライターに。
『救えたはずの生命─救命救急センターの10000時間』『通信簿はオール1』『自殺―生き残りの証言』『交通殺人』『クイールを育てた訓練士』『潜入ルポ 東京タクシー運転手』など著書多数。

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