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いつも鏡を見てる

霞が関の官僚が利用していた「居酒屋タクシー」の驚愕の実態

タクシードライバーの職務経験を持つノンフィクション作家・矢貫隆さんが、ご自身ふくめて様々な背景を持つ多くのタクシードライバーたちの人生を徹底取材して描いた、ドラマティック・ノンフィクション『いつも鏡を見てる』
日経新聞などの書評欄でも紹介された、昭和・平成・令和を貫くタクシードライバーたちの物語を、期間限定で全文無料公開します!(不定期連載)

前回に続き、2000年代に個人タクシーの運転手になった中邑の物語です。

いつも鏡を見てる 第10話

クーラーボックスを買っておけ 2005年7月8日

 中古車といっても走行距離が3万キロに達していないクラウン・ロイヤルサルーン・ハードトップは内装の質感もボディの剛性感も高いレベルを保ったままで、高速道路では、アスファルトの路面を蹴り飛ばすタイヤの接地音を抑え込みながら滑走していく感覚を運転席に伝えてくる。個人タクシー仲間の誰だかが言った「高級車というのは〝疲れにくいクルマ〟という意味だ」に納得した。

「乗り心地がぜんぜん違う」

 ロイヤルサルーンに乗りかえて、喜んだのは大沢文也である。

 中邑が営業車の代替えに踏み切ったのは、仕事を続けるうちに、大沢のように法人タクシーを敬遠し個人タクシーを好んで選ぶ客が想像していたよりずっとたくさんいると実感したからだ。そのなかにはロングの客も多く、そうなると「高級車の方が客に選ばれやすい」と中邑なりの当然の結論がでて、そして選んだのがクラウン・ロイヤルサルーン・ハードトップだった。3年落ちの中古だが、一般のドライバーが自家用車として丁寧に乗っていたクルマである。新品同様に磨きあげた新たな営業車の乗り心地を高崎まで帰る大沢は喜び、それ以上に、タクシー仕様車とは段違いの、運転疲れ度合いの小ささが中邑を驚かせた。吉永栄一からの突然の依頼で雪の関越道を走り新潟県の長岡市まで走ったのは、営業車をこのクルマに代えて1か月も経たない頃のことだった。

東京の中心部で官僚からの連絡を待つ

 和田倉門に近い行幸通りの路肩に止めたクルマにもたれ、都心の空がこんなに大きく見える場所はここの他にどこかあったろうかと中邑悠貴は宙を見上げた。

 和田倉門を真ん中にして皇居と東京駅中央口をつないでいるこの道は、信任状捧呈式に向かう外国大使を送迎する二頭立ての馬車が通るスペースを除いても片側三車線あって、路肩には、街路灯に照らされた深い緑色の葉をいっぱいに広げた銀杏の大木が等間隔で並んでいる。正面に小高い山の稜線のようにつながっている影絵は皇居の森で、その光景を台無しにする無粋な高層ビルの灯はそこになく、見上げる先は銀杏の葉を入れ込んだ夜空でしかない。その空は大きくて、振り返って丸の内のビル群を見さえしなければ、東京の中心部にいることを忘れてしまいそうになる。日比谷通に面した郵船ビルのてっぺんに目をやり、これ以上はもう首が曲がらないというところまで視線を上げていくと、ほぼ二等辺三角形をした夏の大三角が見えた。

 早ければ午後8時、遅いときでも11時にはここにきて吉永か田村からの連絡を待つようになって3か月が経つ。

「クルマが足りないんだよ」

 雪の長岡から戻った日の夕方、吉永栄一に〝その後〟を報告した中邑は、それから3時間後、光が丘にある馴染みの喫茶店に向かっている。光が丘公園に近いそこは広い駐車場を完備していて、夕方を過ぎると休憩中のタクシーが何台も止まっている。中邑が着いたときもそうだった。入口の近くにチェッカー無線グループのオレンジ色のクラウン・コンフォートが二台、駐車場の端にはブルーのラインが入った個タクの白いフーガが二台並んでいた。手前にあるのは買い替えたばかりの吉永の営業車、もう一台は、同じ支部の田村敏夫のものだ。

 挨拶を済ませ、中邑がコーヒーを注文したところで「実はな」とあらたまった口調で喋りだしたのは吉永で、電話で「話がある」と、思わせぶりな口調で言った彼の用件は、「これからはお前にも仕事を手伝ってもらうことになりそうだ」だった。

「クルマが足りないんだよ」

 田村が言葉を添えた。

 吉永の口からでた「仕事」とは、要は、ゆうべと同様の仕事、である。夜になると霞が関の役所を取り囲む道路にわけありげな個人タクシーがずらりと並ぶ。タクシー運転手なら誰でも知っている光景だが、その事情までとなると多くはいるまい。並んだ個タクは、実はいくつものグループに分かれていて、それぞれが何人もの上客を抱えている。客の大多数は霞が関の役人で、彼らがタクシーに乗り込むのは終電が過ぎた深夜だが、利用するタクシーはいつも決まっている。客はグループの世話役のような運転手に電話で連絡を入れ、落ち合う時間と場所を決めておく。指定の運転手がいれば彼のクルマ、都合がつかなければグループの誰かが代わりを務める。客と運転手の間では、待ち合わせ場所や料金だけでなく飲むビールの銘柄まで、すでに〝話がついている〟のだ。そして、いくつもあるグループのひとつを作っているのが吉永と田村で、ふたりはそこで世話役の立場にあるらしい。

「みんなで手分けしてやってるんだけど、クルマが足りなくてな」

 田村が繰り返した。

 バブルのうちは誰もが意識を向けていなかったが、タクシー利用者の数*1は、高度成長時代あたりから急激に進んだ移動手段の多様化にともない、みるみるうちに減っていった。その一方、10年前に233社だった東京のタクシー会社の数はいまや291社。2002年の規制緩和の影響なのだが、この間に法人タクシーの台数は5000台も増えている。減った客を増えたタクシーで奪い合う。そこにもってきてバブル崩壊後の景気後退。ますます客は減り、おかげで日車営収は下がりっぱなしだし、これから先、それが持ち直すとはとうてい思えない。法人タクシーの状況がこのありさまなら、個人タクシーがそこに巻き込まれないわけがなく、中邑の苦戦が続くのも目に見えていた。そんなときに舞い込んだ「仕事」である。中邑のどこを掘り返しても、吉永と田村からの誘いを断る理由はなかった。

「まず、クーラーボックスを買っておけ。最低でも缶ビールが4~5本は入る大きさのやつじゃないとだめだ」

 吉永栄一はそう言った。

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矢貫 隆

やぬき・たかし/ノンフィクション作家。1951年生まれ。龍谷大学経営学部卒業。
長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、フリーライターに。
『救えたはずの生命─救命救急センターの10000時間』『通信簿はオール1』『自殺―生き残りの証言』『交通殺人』『クイールを育てた訓練士』『潜入ルポ 東京タクシー運転手』など著書多数。

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