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【最大の失敗】農家が1200万円の最新型トラクターを買って大損した話

現金収入を得る手段

 農協の組合員であれば一文なしでも生活はできる。家だって建てられる。少なくとも彼の場合はそうだった。けれど、やはり現金が必要になることはあった。たまには旅行でもしたいと思えばそれもNツアー(農協観光)まかせで済むけれど、旅先での買い物はそうはいかない。地元にいても、別府で外食するにしたって、実際に入ったことはないけれど、喫茶店でコーヒーを飲むにしたって現金が必要だし、なにより、まだ幼い長男と長女の、数年後には必要になる教育費を蓄えておきたかった。そのためには、農協の口座を通さない収入を得ないといけない。隠し田で作った米を自主流通米として別府の温泉旅館に売ったのも、道の駅に野菜を降ろしたのも、最新型のトラクターで皮算用したのも、そのどれもが現金収入を得ようとしての策だったのだ。

 現金を手にするために、峰田交通でタクシー運転手をしたことがある。農閑期の、畑仕事がまったくない日に限っての乗務だった。しかも、乗降客が少ないJR日豊線の駅での付け待ち仕事だから1か月の水揚げは知れたもので、手にする歩合給は月に3万円ほどにしかなっていない。大手バス会社で、もっぱら九州観光を担当する観光バスの運転手をした時期もある。

 長距離トラックの運転手は、割がいいのか悪いのか自分では判断がつかなかったが、少しばかりまとまった金になる仕事ではあった。大分から東京までの長距離便の運転手で、行って戻っての一行程で1週間ほどかかる仕事である。大分で荷を積み、途中、広島で荷の一部を降ろし、そこで新たに別の荷を積む。次は大阪、それから名古屋、最後が東京。この仕事を14万円で請け負う。燃料代も往復の高速代も食事代も、すべて含めての14万円。これら一連の経費を差し引いた残りが彼の取り分となるわけである。食事代を安く済ませるのはもちろんで、インターチェンジ間を繫いでいる一般道路のバイパスがあればそこを走り、高速代を少しでも浮かせる工夫をしている。一行程で5~6万、うまくすれば7万円近くが残った。こうしたアルバイトのほかに、自主流通米として売った米、道の駅に卸した野菜の代金を含めると、多いときには現金収入が1年で200万円を超えることもあった。

(以下、次回に続く)

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矢貫 隆

やぬき・たかし/ノンフィクション作家。1951年生まれ。龍谷大学経営学部卒業。
長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、フリーライターに。
『救えたはずの生命─救命救急センターの10000時間』『通信簿はオール1』『自殺―生き残りの証言』『交通殺人』『クイールを育てた訓練士』『潜入ルポ 東京タクシー運転手』など著書多数。

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