よみタイ

いつも鏡を見てる

「ここはお化けがでるんだよ」駅で客待ちするタクシー運転手が語る”お化け”の正体とは?

個人タクシーの認可

 高校を卒業と同時に運転免許を取得して以来、何度か繰り返した交通違反が原因で免許停止処分を受けていた時期を除けばずっとトラック運転手をしてきた中邑悠貴が、小規模ながら老舗のタクシー会社、北光自動車交通で運転手としてキャリアをスタートさせたのは25歳のとき、日本がまだバブル景気の只中にあった1987年のことだ。それから11年後、36歳になった彼は「個人タクシーをやろう」と具体的な行動を起こす。前の年まで5万7000円台で推移していた日車営収が一気に4500円も落ちてしまい、中邑の営業成績も低迷した。それもひとつのきっかけにはなっていたが、なにより、吉永栄一が「お前もなるべく早く個人(タクシー)やれよ」と熱心に誘ってくれたのが決断の大きな理由だった。歳は吉永が10も上だが、彼とはもう17年の付き合いになる。中邑が北光自動車交通に入社して間もない時期、吉永が「もうすぐ個人タクシーの認可が下りる」と話していた頃が最初だった。城北タクシーと北光、勤務するタクシー会社こそ違ったが、どちらも中央無線グループに所属していたからふたりは無線配車された企業などで何度も顔を合わせる機会があり、そのうち親しく付き合うようになったこの世界の先輩である。中邑のタクシー運転手歴が10年に近づくと、吉永は、顔を合わせるたびに「お前も早く」と誘い、それに続けて「(個人タクシー事業免許を譲渡してくれる)相手は俺が探してやるから」と言ったものだった。

 崩壊したとはいえ、バブル時代の名残は中邑の水揚げにも恩恵をもたらしてくれていた。営業成績が低迷してもまだ月の水揚げは軽く80万円を超えていて、おかげで個人タクシーの許可を受けるための資格要件のひとつ「賃金等」は易々とクリアできていた。年齢、運転経歴、道交法等の違反歴も問題はない。だが、初めて臨んだ法令試験に失敗、来年こそと意気込んだが、その直後、オートバイを運転中に乗用車と衝突事故を起こしてしまい運転免許に違反歴が残ってしまった。それから受験資格が復活するのを待つこと5年、この間にもタクシーの営業実績は下がり続け日車営収は5万円を切り、4万8000円台にまで落ち込んでいた。その年の、二度目の試験での合格だった。けれど、個人タクシー事業者になるには法令試験とは別に事業免許を取得しなければならず、それが難題なのである。「新規の許可を受ける」「個人タクシーの許可を受けている事業者から事業の譲渡を受ける」「個人タクシー事業者から相続する」。事業免許の取得にはこの三つの方法があるのだが、個人タクシーの数を制限している枠を考えると新規の許可を受けるのは難しく、「相続」はハナから論外で、現実的な手段は「譲渡」ということになる。中邑悠貴に、その、譲渡してくれる相手を紹介してくれたのが吉永栄一だった。

 前年の秋に個人タクシー法令試験に合格していながら実際に営業を開始するのがそれから半年も後、2004年3月までずれ込んでしまったのは、先方の、まさかの事情で譲渡譲受申請の手続きを完了させるのに手間取ったせいだ。体調を崩して仕事を続けられなくなったのを理由に個人タクシー事業免許の譲渡を決めた先方が、手続きを進めている最中に亡くなってしまい、それでなくても手間のかかる手続きがさらに面倒になっての結果だった。最終的な書類審査を経て中邑悠貴に個人タクシー事業免許が正式に交付されたのは2004年2月25日。その時点で営業にでる準備は万端整っていたが、個人タクシーとしての新たなスタートは、どうせなら区切りのいい3月1日と決めていた。

 朝から降り続いていた小雨はもうとっくにやんでいる。4階の窓から見る限り、濡れた路面はだいぶ乾いたようだ。それを確認した中邑は、午後4時半に車庫をでた。

 高島通りを走りだし国道17号(中山道)と交わる志村坂下を右折し都心へと向かう。ここから板橋本町あたりまでの3キロほどの区間でタクシーを待つ人の姿を見かけることがないのは百も承知だ。ここのところ法人タクシーの日車営収は下がりっぱなしだし、実車率(=走行距離に占める客を乗せて走った距離の割合)も落ち込んでいる。けれども、今日ばかりは自分が走る先々で上客が待ち構えているのではないかと、あり得ない妄想を楽しむ中邑だった。フロントガラスの向こうに映る風景はきのうまでと何ひとつ違わないのに、そのすべてが新鮮に見えるような気さえする。個人タクシー事業免許の〝おまけ〟みたいに安く譲ってもらったクラウンは北光自動車交通で乗り慣れたタクシー仕様と同じLPG車である。個人タクシーではあっても乗りごこちに快適さは望めないにしても、それでも、この日の乗務は、十数年前に初めてタクシー運転手として働きだした最初の日と同じような高揚感を覚えるのだった。板橋本町の交差点を越えた角にキャリーバッグを手にしたスーツ姿の男が立っている。ひと目で客だとわかった。個人タクシー運転手として乗せる最初の客。男は「羽田空港までお願いします」と目的地を告げた。ここから羽田までだと運賃は6000円前後といったところだろう。初めての客がこれなら上出来だ。中邑は腹でそう思った。カーラジオから流れるニュースが、『ラストサムライ』でアカデミー賞の助演男優賞にノミネートされていた渡辺謙が受賞を逃したと言っていた。

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矢貫 隆

やぬき・たかし/ノンフィクション作家。1951年生まれ。龍谷大学経営学部卒業。
長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、フリーライターに。
『救えたはずの生命─救命救急センターの10000時間』『通信簿はオール1』『自殺―生き残りの証言』『交通殺人』『クイールを育てた訓練士』『潜入ルポ 東京タクシー運転手』など著書多数。

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