よみタイ

いつも鏡を見てる

オイルショックについて教えてくれた元商社マンのタクシー運転手

運転手たちの燃料問題

 「親会社がケチ」は、これまでにも何人かの運転手から聞かされていた。親会社というのは滋賀県を拠点に路線を持つ規模の大きなバス会社で、そこが滋賀県と京都にいくつか持っている子会社のひとつがうちの会社なのだ。よその事情を知らないから本当にケチなのかどうか判断のしようもないが、とにかく、先輩運転手たちは、何を根拠に言っているのか、たぶん根拠なんてないのだろうけれど、ことあるごとに「親会社がケチやしな」を口にするのである。

「国が石油緊急対策とか言うてるご時世なんやで。燃料代も高うなって、世の中、こんなになっとるっちゅうのに、安せい言うたり支払いは2か月後やとか言うとるんや。そんなん、どこのスタンドも、燃料、入れてくれはらへんの当たり前や」

 もっともらしく聞こえる説明をまるごと信じたわけではないけれど、話し上手の村井さんにかかると、本当に「燃料代を安せい」とうちの会社が言ったように聞こえるから面白い。いずれにしても、毎日毎晩、土地勘に乏しい下鳥羽しもとばのスタンドまでクルマを走らせて行列に並ばなければならない現実を前にすると、もしかすると村井さんの言葉は事実に近いのかもしれないという気にもなってくる。

 満タンにはほど遠い20リットルしか入れてもらえないのはどこの会社のタクシーもいっしょだが、どうにかならんのかと思うのは、燃料を入れてくれるスタンドが、会社まで直線距離で結んでも10キロも離れたところにあることだ。

 つい一か月前まで、うちの会社が契約している燃料スタンドは市内に5か所くらいはあって俺はたいがい勧進橋かんじんばしのスタンドを利用していたけれど、燃料事情が悪くなったとたん、それまでただの一度として利用したことがない。そもそも、そっちの方に行くことすら希な京都南インターチェンジのさらに南、伏見区の下鳥羽にある山川石油でしか給油できなくなった。京都駅から国道一号線を南に6キロの地点、国道から少しだけ東に入ったところにある山川石油。仕事仕舞いの時間がくると、必ずそこまでタクシーを走らせる。戊辰戦争の始まりともいえる鳥羽伏見の戦いが勃発した鳥羽のあたりは住宅街だが、同じ鳥羽の名が付いても、下鳥羽はもっと南に下った工場や倉庫ばかりが建ち並ぶ地域だからそんなところまでタクシーに乗る客はおらず、燃料を入れに行くのはいつだって空車でだ。スタンドに着いても順番待ちの長蛇の列ができていて、列に並んでいるのは、興和タクシーとか伏見タクシーとか高速タクシーとか、当たり前だが伏見区や南区あたりに営業所があるタクシーばかり。山科のタクシーなんてうちのクルマしかいない。毎日がこの繰り返しだもの、さすがに村井さんの説、「どこのスタンドも入れてくれはらへん」に頷きたくもなる。

 そういえば「トイレットペーパーの買いだめ騒ぎは大阪から始まったんやで。千里ニュータウンで買いだめがあったて新聞に載ってな、それからや」と物知りの村井さんが話してくれたことがある。

「かさばる割には利幅が小さいやんか、トイレットペーパーや洗剤は。スーパーは大量仕入れをするけれど在庫は少ないんや。そやし買いだめ客が殺到しようものならたちまち棚は空っぽや。人間の心理なんやろ、空っぽやから客はパニックになって、また別なもんの買いだめに走る。洗剤の棚が空や、ほな、その横にある石鹸を買いだめしとこか、それもなくりそうやったら、こんどはのシャンプーに手が伸び、砂糖も塩も、や」

 村井さんはこんなふうに説明した。あれは村井さん自身の言葉なのか、それとも報道の受け売りだったのかわからないけれど、日本中に買いだめ騒動が広がったいまとなっては、ずいぶん前に聞いた村井さんの説明に、なるほど、と納得する俺なのである。
 ことの起こりは、10月6日に中東で勃発した大規模な戦闘*1だった。

中東の出来事が京都を揺るがす

 中東で起こった戦闘を10月7日の朝刊各紙がトップニュースで伝え、もちろん京都新聞もそれは同様で「中東また激しい戦火」のタイトルで報じる一面のトップには、「67年来の最大規模」の見出しも付いていた。イスラエル建国以来、イスラエルと近隣のアラブ諸国の間で大規模な戦闘が何度か繰り返されてきたが、今回の戦闘は、1967年の第三次中東戦争、イスラエルでいうところの〈六日戦争〉以来の大規模なものだという意味である。

 中東でのこの出来事が、やがて、めぐり巡ってうちの会社の運転手を京都南インターのさらに南にある山川石油まで、たった20リットルの燃料を入れるために走らせることになる。けれど、戦闘勃発が伝えられた10月7日の時点で、日本の石油に関わる人たちの反応は吞気と言っていいくらい鈍かった。世の中がこんな事態になるとは露とも思わなかったのか、彼らの吞気ぶりときたら、1964年(昭和39年)以来「9年ぶりに阪神タイガースが優勝するかもしれへん」と、うちの会社の運転手たちが盛り上がっているのと似たようなものだった。

「サウジアラビアとイランが戦争に巻き込まれなんだら日本の石油は大丈夫てテレビで言うとったで」

「そや、この新聞にもでとるがな。『79日分の備蓄があるし心配あらへん』て」

 仕事前に寄ったいつもの喫茶店での、谷津さんと畑野の会話である。

 夜勤の運転手が会社をでるのはたいがい夕方で、でてすぐの四宮の信号を越えると、祇園に出勤のお姉さんがそこに立っていて手をあげる、というのがお決まりのパターンになっている。すっかり顔なじみになった吉乃さんなんて初めのうちこそ「花見小路富永町はなみこうじとみながちょう」と行き先をちゃんと言っていたけれど、いまでは「おはようさん」だ。けれど、たまには客を乗せ損ねて、というときだって、もちろんある。そんな日は、回送板を掲げ、手をあげる客の姿を無視して天王町へと一直線。四宮のお姉さんはご近所さんだから無視できないが、あとはどうだっていい。仕事前にいつもの喫茶店でコーヒー、なのである。そしてこの日もそのパターンで、空車のまま天王町まで走ってきた俺は、先にきていた谷津さんと畑野の会話を耳にしたのだった。

 テレビや新聞が伝える中東で起こった戦闘は、俺らにしたら別世界の出来事でしかなくて、だから俺が最初に手にするのが京都新聞ではなくデイリースポーツというのは自然の成り行きなわけである。

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矢貫 隆

やぬき・たかし/ノンフィクション作家。1951年生まれ。龍谷大学経営学部卒業。
長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、フリーライターに。
『救えたはずの生命─救命救急センターの10000時間』『通信簿はオール1』『自殺―生き残りの証言』『交通殺人』『クイールを育てた訓練士』『潜入ルポ 東京タクシー運転手』など著書多数。

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