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1年目から年収700万円を超えた凄腕タクシードライバーが直面した2020年のコロナウイルスと五輪延期

タクシードライバーの職務経験を持つノンフィクション作家・矢貫隆さんが、ご自身ふくめて様々な背景を持つ多くのタクシードライバーたちの人生を徹底取材して描いた、ドラマティック・ノンフィクション『いつも鏡を見てる』

物語の時代は昭和、平成、令和。舞台は京都、大分、東京。オイルショック、バブルの熱狂と崩壊、聖域なき構造改革、リーマンショック、そして、新型コロナウイルス……。常に時代を乗せて、時代に翻弄されて、走り続けるタクシードライバーたちの人生が、あるタクシー会社で交差するストーリー。ノンフィクションでありながら、小説のような読後感もある作品です。

今回はその『いつも鏡を見てる』から、この単行本のために取材・加筆した「【追章】新型コロナウイルスと五輪延期/東京2020年」を掲載します。思えば、タクシー業界にとって2020年は数年以上前から準備してきた「ポジティブな年」になるはずでした。そう東京五輪の開催です。その五輪が誰も想像さえしてなかった延期になるとは……。そんな2020年、あるひとりのドライバーのストーリーを紹介します。
今年1年を振り返る意味でも、ぜひご一読ください。

※書籍から一部抜粋・再編集しています。取材に基づく登場人物の名称は一部を除き仮名としています。
(構成/よみタイ編集部)

緊急事態宣言〜2020年4月16日

 事務所の灯は消えていて、出払っているはずの営業車が詰め込まれるようにして並ぶ車庫にも灯はない。タクシーには稼ぎどきの金曜日の夜だというのに、薄暗いそこと道路を仕切る出入り口の両端を、だらんと弛んだロープが結んでいる。この様子を目にしたら、事情を知らされていない通行人でさえ「新型コロナウイルスの感染拡大に追い込まれた休業」と察しがつくだろう。

 いつもなら90人近くが営業にでているのに、4月15日に出勤した運転手は51人だけだった。走ったところで、どうせ客なんていやしない。そんな思いで休んだ運転手が全体の3分の1もいたせいだ。51人の営業成績を記したその日のランキング表の、トップ10には山中修の名が載っている。上位10番目だというのに、水揚げは、日勤運転手の平凡な成績にも及ばない2万円ちょうど。山中と同じく隔勤の磯辺健一の成績は14番目で1万7530円、ナイトの藤枝康則は19番目、水揚げは、全運転手の平均とほぼ同額の1万4850円だった。1万円に届かなかった運転手が12人もいて、ワースト3はたったの2千円台というありさま。わずか4か月前、2019年12月は、トップ10までの水揚げが9万円台で、順位が40番でさえ6万円を超えており、出勤した85人の運転手の水揚げの平均が5万8000円台だったのとは較べようもない落ち込みである。北光自動車交通が、保有する営業車107台を一斉に止め、1か月間の予定で休業に入ったのは、その翌日、安倍首相が、それまで七都府県を対象にしていた「緊急事態」を全国に拡大すると宣言した日のことだった。

「コロナ騒ぎで目に見えて水揚げが落ちていたけど、小池都知事が『ロックダウン』を口にしたとたん、翌日からの状況は惨憺たるものだった」

 休業を決断した北光の若社長、武藤雅孝は、「なにしろ客がいないんだから、もうどうにもならないよね。トップが2万円なんだもの」と、投げやりとも映る笑いを交えて話すのだった。

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矢貫 隆

やぬき・たかし/ノンフィクション作家。1951年生まれ。龍谷大学経営学部卒業。
長距離トラック運転手、タクシードライバーなど多数の職業を経て、フリーライターに。
『救えたはずの生命─救命救急センターの10000時間』『通信簿はオール1』『自殺―生き残りの証言』『交通殺人』『クイールを育てた訓練士』『潜入ルポ 東京タクシー運転手』など著書多数。

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